月めくりの夜
月めくりの夜、村の小さな祠に、数少ない村人が集まった。
村人たちは、その祠の前に台を置いて、塩、酒、水、米、野菜、果物などを備えて、熱心に手を合わせていた。
その村に、たまたまやってきた若者が、村人の一人に尋ねた。
これは何を祀っているのですか?
すると村人は答えた。
ここには毎月新しい月になると、その月の月神様がやってくるのです。
それで、月の最後の夜に、その月の月神様にお供えをして、1ヶ月間のお礼と、また来年も来てくれるようにお願いするのです。
月神様のおかげで、私たちは穏やかに過ごせているのです。
と言う。
そういった神様がいることは初めて聞きました。
珍しいですね。
若者も、一緒に手を合わせた。
最後に祠に掛けられたカレンダーをめくって、村人は家に帰って行った。
このことから、この行事を「月めくり」言うようになったという。
翌朝、お供えは綺麗になくなっていた。
はて、神様が持って帰ったのか?
それとも貧しい村人がいただいて帰ったのか?
若者は、不思議に思い、その月神様と言うものを見てみたくなった。
次の月の最後の夜、若者は再びこの村を訪れ、月めくりの行事に参加した。
カレンダーをめくり、村人が帰ったあと、若者は近くの木の陰に隠れて、祠を見ていた。
するとしばらくして、5歳くらいの子供がお供えの前にやってきた。
見窄らしい身なりだったので、食べることもままならない子供がお供えをいただきにきたのかと思った。
しかし、その子供がお供えを抱えて振り返った姿を見て、若者は驚いた。
その子供は、耳が大きく目が一つ、顔が緑色の妖怪だったのだ。
若者は勇気を出して、妖怪の前に出た。
村人が月神様に備えたものを奪うなどとは、何たることだ。
すると妖怪は言った。
私がその月神だよ。
毎月別の月の神様がくるから、というのは嘘だけど、月の最後にお供えをするようにと言ったのは、私だからな。
そうやって村人を騙して、食べ物をもらっていたのか?
最初は、しめしめと思っていたよ。
だけど、あんまりみんながよくしてくれるから、ちょっと申し訳ない気持ちになって、イノシシやシカ、タヌキなどが畑を荒らさないように邪魔したり、大雨が降った時に土砂が村に流れないように、堰き止めたり、色々村人助けたりしてきたよ。
食料がもらえなくなっても困るからな。
そうか、お前なりに村を守ろうとしているなら、お前は確かに村の守り神だ。
そう言われて妖怪は嬉しそうに言った。
実はこの前ここの本当の祠の神様から、その実績が認められて、守り神の仲間に入れてやるって言われたのさ。
もうこれからは、悪さをしないで、本物の守り神になろうと思う。
若者は、それはよかったじゃないか、
これからも村を守っておくれ、
村人には何も言わないでおくよ。
そう言って祠を後にした。
あれから数十年
村の周辺は開拓が進み住宅地となり、祠は路地の隙間に、ひっそりと佇んでいた。
山も木々が切られて、すっかり様相が変わってしまった。
若者はもう高齢になっていたが、ふと思い出して、ある月末の夜、その祠にやってきた。
月めくりの行事はいつしか人々に忘れられたらしく、荒れ放題だった。
近所の人に聞くと、その祠は近く離れた神社内に移されるらしい。
彼は、持っていたワンカップのお酒とお菓子を祠に供え、深夜を待った。
街灯か一晩中点灯し、たまに自動車も近くを通るため、もう妖怪はいないかもしれないと思った時、
久しぶりだな
という声が聞こえた。
あの、妖怪が、数十年前と変わらない姿でそこにいた。
最後にお前に会えてよかった。
私はもうここを出て行こうと思う。
祠も移されて、この場所を守る神はいなくなってしまうけど、それはここに住む人々がそうしたことなのだから、仕方ないだろう。
元気でな。
妖怪は、彼が備えたワンカップとお菓子を持って姿を消した。
彼は、その後
「月めくり妖怪」と言う絵本を書いた。
しかしその場所がその後どうなったのか、
無事に人々が住み続けているのか、
彼も亡くなった今、
誰も知る人はいない。
おわり
♯シロクマ文芸部