ある霧の朝の話
霧の朝は、私をまだ夢の中にいるような気持ちにさせた。
いつもの景色が、白く漂う霧によって、まるで水墨画のように色を失い、やけに静かだ。
だから、こんな日に霧の中で目の前にキツネが現れて、いきなり日本足で立ち上がり、人の言葉を発した時も、私はごく普通に受け入れてしまった。
すごい霧ですね。
こんな日は、人を騙すのが簡単ですよね。
キツネはクククッと笑った。
人を騙すのは、昔話の中だけじゃないのかい?
何を言ってるんですか。
あなたはいつも、人を騙してるじゃないですか!
失礼だな、騙してなんかいない。
おやおや、無意識に騙してるんですね。
昨夜だってあなたは、行きたくない飲み会を、嘘を言って断ったじゃないですか。
それにあなたは、嫌いな上司に、ニコニコ笑って、慕っているふりをしている。
それは人も自分も騙しているということですよ。
そんなこと、騙したなんて言わないさ。
みんなやってることだ。
みんなやってることだから、人を騙していないというのですか
自分を騙してもいないという事ですか?
うるさいな。
これも、上手く世の中を渡っていく秘訣なのだよ。
でもあなたはてっきり、騙すより化けるほうが得意だと思ってました。
はあ?
化けるって、人を化け物みたいに言うなよ。
何に化けるって言うんだ。
どうせ化けるのなら、スマートで女性にモテそうな男性に化けたほうが、人を騙せそうなのに。
別に人を騙そうなんて思ってないぞ。
そこまで言って、私はキツネの視線に気がついた。
キツネはまんまるく膨らんでいる私のお腹を見て言った。
でも、バレバレですよ。
はあ?何が?
そのお腹。
この腹がどうした。
そんな腹じゃ、すぐタヌキだってばれちゃいますよ。
え?
あれ?
あなた、タヌキさんじゃなかったの?
何を言ってるんだ!
私は人間だ。
うわ、騙された。
キツネはクルンと一回転すると、姿を消した。
私は呆然と立ち尽くした。
確かに最近、この腹はやばいかなと、思ってはいた。
だから、こうして朝歩いたりしてるんだ。
しかし、タヌキに間違えられるとはな…
これからは、ちょっと大好きなビールを減らして、寝る前に腹筋をしたり、運動したりしてみるかな。
朝日が昇り始めて、霧が少しづつ晴れてきた。
あのキツネは夢だったのか?
朝の霧が見せた幻だったのか?
私は、自分の腹を2度ほどクルクルと撫でてから一度叩いた。
ポン
といい音がした。
本文ここまで
これは、シロクマ文芸部さんの企画
「霧の朝」から始まるお話の企画に参加したものです。