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ガラスの手
ガラスの手の上で、何かがきらりと光った。
カーテンの隙間から、強い光が差し込んでいる。
そこには昨日彼女が忘れていったイヤリングがあった。
イヤリングを取ろうとして、ガラスの手に触れた時ヒヤッとして、冷え性の彼女の冷たい手を思い出した。
ガラスの手のオブジェは、彼女と一緒に行った雑貨屋で買った物だ。
立てておくつもりだったのだが、彼女はそれを手のひらを上にしておき、それをイヤリングの置き場にしていた。
そんな彼女が昨夜、突然、
「帰るわ」
と言って出ていった。
急にどうしたのだろう…。
何か怒らせることをしたのだろうか…
カチャン
郵便受けに何かが落ちる音がした。
我に帰って、彼女に電話をしたが、コール音だけが鳴り続けた。
郵便受けを見ると、この部屋の鍵が入っていた。
何気なく、壁にかかったカレンダーを見てハッとした。
昨夜は彼女の30歳の誕生日だったのだ。
忘れていた…
あの時なぜすぐに追いかけなかったのだろう…
自分でもわからない。
身体が動かなかった。
唖然として、フリーズしてしまったことは確かだけど、それだけではなかったのかもしれない。
そこには、最近の自分の心に渦巻く感情があった。
彼女は早く結婚したがっていることはわかっていたけれど、こんな自分でいいのか?
自分の劣等感と自信のなさからくる不安が、迷いを生んでいた。
彼女は、仕事もできて自分より収入もいい。
こんな自分じゃ、彼女に釣り合わないんじゃないだろうか…
僕は彼女を幸せにできるのだろうか…
彼女に会いたい。
イヤリングを返しに行くという名目で、もう一度彼女に会いに行こうか…
しかし、何度電話しても電話に出ない彼女に会いに行ったところで、もう戻れはしないだろう。
竹を割ったような性格の彼女だ。
さっさと過去に見切りをつけて、新しい未来に向かっているに違いない。
彼女には幸せになって欲しい。
彼女に指輪を贈るために、貯めていた定期預金は、あと少しで満期だったのに…。
僕はガラスの手の上に置かれたイヤリングを小箱に入れて引き出しの奥に押し込むと、オブジェを立てた。
その手は、さよならと手を振り、次の未来に手を伸ばそうとしているようだった。
本文ここまで。
実はこのお話、福島太郎さんが書いたお話のオマージュです。
このお話の男性は、ダメなやつなんですが、ドラマみたいにカッコよくできる人なんて実際にはそうそういません。
かっこ悪いけど、自分なりに悩んだり、考えたりして、一生懸命なんじゃないかな、なんて思って書いたお話です。
でも、本当は、彼女は、
なりふり構わず押しかけて、
俺のそばにいてくれ!
って言ってくれるのを、待っていたのかもしれない。
諦め、早すぎだよ‼️
太郎さん、ハッピーエンドにならなくてすみません。
でも、元にもどるだけが、ハッピーエンドとは限らない。
二人の未来が、明るい未来でありますように‼︎
小牧幸助さんの「シロクマ文芸部」に便乗参加させていただきました。
♯シロクマ文芸部