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ある団地の新しい朝【シロクマ文芸部】

新しい朝が来た 希望の朝だ〜♪
ビリリと寒い冬の朝、団地の広場に音楽が流れる。
ニット帽に分厚いジャンバーを着込んで、手袋をした人々が数人集まっている。
ほとんどが高齢者だ。

和子は、70歳まで働いてようやく仕事を辞め、のんびり1人の生活を楽しもうと思っていた。

そんな頃、二つ隣の年上の奥さんに、この朝のラジオ体操の参加を勧められた。

ラジオ体操は体にいいのよ。
それに、団地の人たちとこれからは交流していかないとね。

別に団地の年寄りたちと交流をしたいと思っていたわけではないが、断って関係がギクシャクするのもなんだし、確かに仕事をしなくなると身体も動かさなくなるだろう。
まあ、暇だし、顔出してみようか…
と思い、和子も参加することにしたのだ。

和子がこの団地に来た頃には、和子の子供達と同じ年頃の子供がたくさんいて、いつも賑やかな声が聞こえていた。
しかし、彼らは、家を建てるとか、マンションを買うなどと言って出て行ったり、子供が家を出て、年寄りだけが残っている状況だ。
建物も古いせいか、子育て世代の若い人が入ってくることは、ほとんどなかった。

そういう和子も、女手一つで2人の子供を育てて、子供が結婚や就職で家を出てからは、1人で暮らしていた。

このラジオ体操はね、
健康になるだけでなく、コミュニケーションの場であり、生存確認の場でもあるのよ。
だから、一人暮らしの人には、特にオススメしてるの。
おそらくこの団地の中心人物じゃないかと思われる女性が、そう言って声をかけてきた。

はあ…
逆に少し不安を感じながらも、和子はもう半年、このラジオ体操に通っていた。

正直早起きは苦手だった。
でもいつしか、早起きも習慣になったようだ。

ある朝和子は、異様なだるさで目が覚めた。
熱を測ると38度近くある。

これは今日はラジオ体操は行けないわね…
寒気を感じて布団に潜り込んだ。

しばらくして、誰かがインターホンを押した。
見ると、二つ隣の奥さん。

どうしたの? 体調悪いの?

ちょっと熱が出てしまって…

風邪かしら…風邪薬はあるの?

ないけど、寝とけば治ると思うわ

しかし、しばらくすると、又インターホンがなり、二つ隣の奥さんの声がした。

お薬、ドアにかけておくわね。
早く元気になってね。

少しして、ドアを開けてみると、ドアノブにかけられたビニール袋には、風邪薬や、冷えピタ、イオン飲料やヨーグルト、バナナまで入っていた。

1人暮らしの身には、本当にありがたかった。

ある時、和子が転んで骨折し、そのまま入院になった時には、団地の人に頼んで、500円払ってタオルや下着など、必要なものを持ってきてもらった。

買い物をお願いしたり、大きな荷物を運ぶのを手伝ってもらったり、高いところの電球を取り付けてもらったり…
この団地の人たちは、そんな時、できる人ができることを500円で手伝う、という取り決めをして、助け合って生活していたのだった。

他人の集まりだけど、みんなが助け合って生活している。
今まで仕事仕事で、自分がそんな素晴らしい団地に住んでいるなんて、全く知らなかったわ。

和子は、次第に団地の活動=団活にのめり込んでいった。

ラジオ体操の後、数人でウォーキングをしたり、
たまにはランチしたり、
月に一度は公会堂を借りて、参加者が持ち寄った食べ物飲み物+会費500円で、懇親会をした。
和子が得意なキーボードで音楽を弾くと、ギターを弾く人、ハーモニカを吹く人なども現れ、みんなで歌も歌った。
気づけば和子の周りには、多くの仲間ができていた。

和子は、もともと人と群れるタイプではなく、今まで自分にそんな一面があるとは思っていなかった。

こんな第二の人生が待ってあるなら、
歳をとるのも悪くないわね。

和子は、目覚ましが鳴ると、暖かい布団からするりと抜け出し、寒くないようにあれこれ着込むと、元気に家を出た。
吐いた息が、真っ白くなり、思わず両手を擦り合わせる。

新しい朝が来た 希望の朝だ〜♪
今朝も団地の広場にこの音楽が流れる。
和子は、手を回し体を回して、ラジオ体操の準備を始めた。

♯シロクマ文芸部
「新しい」から始まるお話でした。

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