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漁師とイルカ 「イルカの恋は涙色」外伝

これは、「イルカの恋は涙色」の付録?後書き?のようなお話です。
本編を書いている中で、生まれてきたものです。
本編を読んでくださった方が、あ、そういうことね、と思って楽しんでいただけたらいいなと思います。

本編読んでいらっしゃらない方、ネタバレ的な要素もありますので、是非、
「イルカの恋は涙色」を読んでから、こちらをお読みいただけると有難いです。


ハルオは人と話すのが苦手だった。
学校でも、一人で絵を描いていることが多かった。

ハルオが描くのはもっぱら魚の絵。
しかし、その絵は細部まで細かく、あまりにリアルだったので、ハルオが絵を描いていると、皆がハルオの絵を覗き込んで、見に来た。

そんな中でも、ハルオは黙々と絵を描いている。
そんな子だった。

ハルオの父親は漁師だった。
小さい頃病気で母親を亡くし、父と二人暮らしだったため、
ハルオは小学生の頃から父親の船に乗って、漁を手伝っていた。

ハルオは、海も漁も好きだった。
学校にいる時には決して見ることのない、穏やかな、優しい顔で海を眺め、生き生きと父親の仕事を手伝っていた。

そんなある日、ハルオは船の近くで弱々しく泳いでいるイルカを見つけた。
どうしたのだろう?

見てみると、イルカの口からヒレのあたりに、
ワイヤーのようなものが絡まって、
そのせいで食べ物も食べられず、うまく泳ぐこともできなそうな様子だった。
特にヒレのところにワイヤーが食い込み、血が滲んでいる。

ハルオは、それを見ていきなり海に飛び込んだ。
そして、イルカのワイヤーをなんとか取り外した。

そのイルカはまだ子供のようで、お礼を言うかのようにハルオの周りを二度回ってから、弱々しく泳ぎ去っていった。

父親は、あれは長く生きられないかもなあ…
と呟いた。
ハルオは、ギュッと口びるを噛み締め、イルカが去っていった方を見つめていた。

元気になってくれ。
ハルオは祈った。

数年後、高校を卒業して、漁師になったハルオは、
船の横を元気に泳ぐイルカと出会った。
よくみると、左のヒレに傷がある。

もしかして・・・

ハルオは
お前あの時のイルカか?元気になってよかったな。
とそのイルカに声をかけた。
イルカは嬉しそうに、船の横で飛び跳ねた。

それから、ハルオが船に乗っていると、度々そのイルカが姿を見せるようになった。
ハルオは、そのイルカか、メスのような気がして、
「トモミ」
と名付けた。
ハルオにとって、初めての友達だったからだ。

ハルオは海でトモミと会うのが何よりの楽しみだった。
トモミも、ハルオの船が沖に出ると、いつも挨拶するように、近くにやってくるが、自分が近くにいると漁ができないことがわかっているかのように、数分すると、どこかに姿を消した。

賢い奴だな・・・ハルオはニコッとしてつぶやいた。

そんなある冬の日、沖で漁をしていると、突然のシケにみまわれた。
ハルオの小さな船は、木の葉のような翻弄され、ハルオは、振り落とされないようにしがみついていることしかできなかった。

突然、どーんと船が傾いた。
ハルオは、その衝撃で海に投げ出されてしまった。
父親が慌てて浮き輪を投げたが、ハルオはどんどん船から引き離されていった。

激しい高波で、浮いていることさえ難しい。

その時、どこからともなく、あのイルカ、トモミが現れた。
ハルオは、トモミにしがみついた。

激しい波に、何度引き離されても、トモミは、彼の元にやってきた。

冷たい海水と、荒れ狂う波は、ハルオの体力を奪っていき、
ハルオはトモミにしがみついたまま、意識を失ってしまった。

翌日の朝、ハルオは、海水浴場から離れた小さな浦に打ち上げられていたところを発見された。
驚いたことに、ハルオの横にハルオをかばうようにして、一人の全裸の若い女性が倒れていた。

ハルオも女性も、意識を失ってはいたが、死んではいなかった。
村人たちは、驚きつつも、ハルオが生きていたことを喜んだ。

女性は3日後に気が付いたが、一言もしゃべらず、自分がどこの誰なのかわからないようだった。
村人は、あの女性は人魚にちがいない。
ハルオはその人魚に助けられたんだと噂しあった。

しばらくして、女性はすっかり回復したけれど、相変わらず記憶は戻らない様子だった。
ハルオの叔母が引き取ろうとしたけれど、彼女はハルオの袖をつかんで離さない。

しかたなく、ハルオの家で面倒を見ることになった。
とはいえ、男二人の家。
たまに叔母が様子を見に来て、洋服を買ってあげたり、家事を教えたりしていた。

この子の名前がわからないのだけれど、どうしましょう・・・
叔母が言った。
ハルオは、彼女の左手に、古い傷があることに気づいた。
それはあのイルカのトモミの左のひれにあった傷とそっくりだったのだ。

ハルオがぽつりと、
トモミ・・・
というと、彼女は目を輝かせて喜んだ。

イルカが人間になるわけない。
でも、あの嵐の中で自分を助けてくれたのは、確かにトモミだったんだ。
一体この女性は、何者なんだろう・・・

トモミは、記憶はまだ戻らなかったが、驚く速さで家事を覚え、言葉もよくしゃべるようになった。
ハルオと父親を助けよく働き、明るく元気な姿は、ハルオ達をいつも楽しい気持ちにさせた。

ハルオは女性と話すのは苦手だったが、トモミと話ししているときは、落ち着いた穏やかな気持ちでいられた。

そして、このままずっとトモミと一緒にいたいと思うようになっていった。

トモミが家に来てから5年ほどたったある日、
僕の嫁さんになってくれないか?
やっとの思いで、ハルオがぼそぼそと言った時、
トモミは、
本当に?私でいいの?お嫁さんにしてくれるの?
と、驚きと喜びの表情でたずねた。
ハルオがうなづくと、トモミは、
嬉しい!と言って、ハルオに抱きついた。

しかしハルオは、トモミがあのイルカだったのか、どうしても聞けずにいた。
聞いたらトモミがどこかに行ってしまう気がしたからだ。

翌日一人で出かけるトモミが気になって、ハルオはあとをつけた。
トモミは、あの日流れ着いた浦に向かっていった。
そして、岩場の方に行って隠れてしまった。

ハルオか、どうしたものかと海を眺めていると、目の前を泳ぐ一頭のイルカが目に入った。
ハルオは息をのんで、そのイルカを見つめていた。
あの時のイルカは、やっぱりトモミだったのか?
でもまさか…

しばらくして岩場から出てきた時、トモミの髪は濡れていた。

トモミは、そこにいたハルオを見て、おびえた顔をして立ち止まった。

ハルオは、トモミのところにゆっくりと近づき、トモミを抱きしめた。

助けてくれてありがとう。
僕のところに来てくれて、ありがとう。

トモミは、ぽろぽろと涙を流した。
初めて見た、トモミの涙だった。

トモミの涙が口に伝わった時、トモミが言った。
涙って海の水みたいにしょっぱいのね。



こうして二人は結婚し、翌年にはかわいい女の子も生まれた。

しかし、トモミは不安だった。
人間の女の子として生まれてきた娘だけれど、
もしかしたら、海に入ると私のようにイルカの姿に戻ってしまうかもしれない・・・

あの日最後のお別れに、母に会いに行ったときに言われた。
もしどうしても人間でいることが辛くなったら、1時間以上イルカの姿でいたらもとのイルカに戻れるのだと。
しかしそれは、地上との永遠の別れになるということも。

いつか、真実を娘に伝えなければならないだろう。
その時までは、この子を海水に触れさせてはいけない。

トモミは、腕の中ですやすや眠る娘の顔をみながら、固く誓った。









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