子くじらムーのおかあさん
わんぱくな、くじらのムーは、ある日
見たことがない空を飛ぶ魚を見て、追いかけているうちに、群れからはぐれ、迷子になってしまいました。
おかあさーん
おかあさーん
ムーは探し続けました。
すると、はるか先に、お母さんの黒い大きな背中を見つけました。
おかあさんだ!
おかあさんだ!
ムーは懸命に泳ぎました。
近くまでくると、なんだかお母さんの様子が変です。
潜ることも泳ぐこともせずに、じっとしています。
おかあさん、どうしたの?
すると、黒い大きな背中が答えました。
私はあんたのお母さんじゃないよ。
ムーは、がっかりしましたが、もう精も根も尽き果てていました。
ねえ、じゃあボクのおかあさんになってよ。
ボクちょっと眠りたいんだ。
ムーは、その黒くて大きな背中に寄り添って、ウトウトし始めました。
黒い大きな背中は、
疲れているなら、ゆっくりお休み。
そう言って、子くじらを静かに見守りました。
翌朝ムーは、元気に目が覚めました。
そして黒い背中に言いました。
ありがとう。よく眠れたよ。
ボクの名前は、ムーっていうんだ。
ねえおかあさん、ボクはお腹がすいたよ。
黒い背中は言いました。
私の反対側に回ってごらん。
たくさんのお魚がいるよ。
ムーは、お母さんの周りを回るようにして、反対側に行きました。
そこには、魚の群れが集まっていました。
ムーはお腹いっぱいお魚を食べることができました。
お腹一杯になったムーに、黒い背中のお母さんは、早くこの海から出ていくように言いました。
しかし、ムーは黒い背中のお母さんから離れようとしません。
黒い背中のおかあさんは言いました。
それならば、何があっても、これより陸には近づいてはいけないよ。
それだけは、必ず守ること。
わかった。絶対守るよ!
こうしてムーは、黒い背中のお母さんと、暮らし始めました。
しかし、黒い背中のお母さんは、いつまで経っても、その場所を動こうとしません。
どうして動かないの?
お腹は空かないの?
黒い背中のお母さんは答えました。
もうずいぶん長くここにいるから、動けなくなってしまったのよ。
お腹もすかなくなってしまった。
こうしてムーは、ここでしばらく過ごしましたが、そのうちお母さんの周りの魚だけでは足りなくなってきました。
お母さんからあまり離れることができないムーは、だんだん痩せてきてしまいました。
心配した黒い背中のおかあさんは、
もう自分から離れて、
餌が豊富な、もっともっと沖に行くようムーに言いますが、ムーは、離れようとしません。
そんなある日、激しい嵐がやってきました。
お母さんの風下でじっとしていたムーでしたが、激しい波がムーを、固いお母さんの身体にぶつけ、ムーは傷だらけになってしまいました。
それでも自分から離れないムーを見た黒い背中のおかあさんは、決心したかのように、
う〜ん、う〜ん
と、身体に力を入れました。
身体は、初めわずかに揺れていましたが、
そのうちゴゴッ、グラッ、バキバキッ
大きな音を立てて揺れ始めました。
そして、ドドドドッ
と大きな音がしたかと思うと、
黒い背中がすーっと、動きました。
ついていらっしゃい。
黒い背中のお母さんは、嵐の波からムーを守るようにして、沖に進み出しました。
お母さん、やっぱり泳げるんじゃないか…
しかし激しい嵐の中です。
ムーは必死に黒い背中のお母さんを見失わないように、離れないように、ついて行きました。
もう大丈夫ね…
そう言われてムーが当たりを見回すと、
周りにはたくさんのクジラがいるではありませんか。
その時
ムー、ムー、
呼ぶ声がします。
みると本当のお母さんです。
よかった。
ムー
生きていたのね…
それを見届けると、黒い背中のお母さんは、静かに海の底に沈んでいきました。
ムーは、
あのね、黒い背中のお母さんが、ボクをここまでつれてきてくれたんだよ、
と周りを見回しましたが、そこに黒い背中のお母さんの姿はありませんでした。
きっと僕を送り届けて、どこかに泳いでいってしまったんだな。
ムーはそう思いました。
そして、遠くの海に向かってありがとう!
と叫びました。
ムーの声は、
海の向こうに
海の底にも
静かに響きました。
嵐が去った朝、
海辺の漁師は、昨夜の地震のような音はなんだったのだろうと、沖を見つめました。
すると、沖にあったはずの、クジラ島がなくなっていることに気付きました。
島がなくなってるぞ?
やはり地震だったのかな?
いや、鯨に戻って、泳いで行ったのかもしれないよ、
誰かが言いました。
その村には、古くからあるそのクジラの形をした島にまつわる伝説が残っていました。
このお話は、全てフィクションです。
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