山登りと人生は、同じである。登山から得た気づきを綴るマガジンをはじめます。
ずっとずっと、運動が大の苦手でした。
「苦手」なのもそうですが、「嫌い」だったと言ったほうが、しっくりくるかもしれません。
バレーボールやテニスでは、相手のコートにサーブが届かない。
野球やサッカーは、ルールすら分かりません。
水泳も、すごく頑張ってギリギリ25m泳げるかどうか……。
身体も固くて学生時代の体力テストでは「毎朝ラジオ体操をしましょう」と書かれる始末。
いわゆる優等生として学生時代を過ごしてきた私は、通知表の成績はほとんどの教科で「5」を取れたのに、体育だけはどんなに頑張っても「5」に届くことはありませんでした。
なかでも特に嫌いだったのが、持久力を問われる運動。
マラソン・持久走は苦しいしなかなか走り終わらないしで本当に大嫌いで、全世界のランナーに失礼を承知で申し上げると、「あんなもの、ドMがやるものだ」と本気で思っていました。
ー まさかそんな私が、この秋、登山にハマるなんて。
この秋に訪れた山は5つ。
長野県の美ケ原高原、福島県の吾妻小富士、安達太良山、山形県の月山、複数の県を跨ぐ尾瀬。
どれも初心者向けの低難度の山ですが、それでも「持久力を問われる運動」の代表格ともいえる登山は、正直とても辛いです。
登りながら「ここから落ちたら死んじゃうかも」「帰れなくなったらどうしよう」と、常に不安と恐怖が隣り合わせで、登るたびにヒリヒリとした感覚があります。
そんな怖い思いをしてまで、人はなぜ山を登るのか。
「それは、目の前に山があるからだ」とアルピニストたちがよく言いますが、今ではその気持ちがなんとなく分かる気がしています。
山登りは、人生と同じである。
この秋の登山を通して、私が感じたことです。
あの山の頂きから、世界を見渡して見たいと思う。まだ知らない景色をこの目で見てみたいと思う。
これまで歩いて来た道を振り返ると、息を飲むほど美しい景色が広がっている。その道を歩いている瞬間には、自分が踏みしめている一歩がこれほどに美しいだなんて、気がつく余地もなかったのに。
湿った暗がりの中にも、キラキラとした木漏れ日が指す瞬間がある。それはすぐに消えてしまうけれど、たしかな温かさを感じます。
歩けば歩くほど、山を登れば登るほど、山登りが人生そのものに思えてきます。
10月も下旬に入り、もうすぐ山登りのシーズンもおしまいに。
来年の山開きまで、この秋に感じた登山からの学び・気づきを書き残していきたい。
そして来年の初夏には、また山に新たな気持ちを探しにいきたい。
そんな思いから「登山から学ぶ人生マガジン」をはじめてみようと決めました。
全部で10本ほどのマガジンになる予定です。
登山が好きな人も、そうではない人も、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?