ナイトバードに連理を Day 7 - A - 1
(これまでのあらすじ)
夢を介して並行世界・胎金界を観測する女子高生空鳥清心(そらとり・きよら)は、同じ学校に通う男子生徒犬吠早矢(いぬぼえ・はや)が瀕死でいる場面を夢見する。清心は現実で早矢に接触し、同じ夢見の能力と生き抜くための計画を与える。だが胎金界で早矢を雇った男茶賣(ちゃうり)はもう一人、早矢と同じ境遇の女子生徒九猿近衛(ここのえ・このえ)を捕らえていた。三人は強力な人型兵器の乗り手七(なな)と協力して茶賣からの逃亡を画策するが、決行の前夜、近衛のいる基地が怪物に襲撃される。それは清心が隠していた本当の夢見、神にも等しい視点により察知されたものだった。
(1225字)
早矢はコーデックボードの車内で目覚めた。目の前にはもはや見慣れたコーデックの心臓があったが、そばには誰もいなかった。微かな振動からボートは確実に進んでいる。ともかく、まだ生きているらしかった。
早矢は足音を殺してボートの後方へ向かった。頼はいない、冶具もいない、茶賣にはまだ見つかりたくない。早矢が会うべき人物は一人に限られてた。
アマフリ、七。早矢は座り込んだ巨体の前で手を振った。頭部に眼球らしきものは見当たらなかったが、早矢は彼女が見ていることを疑わなかった。
アマフリの背中は音を立てずに左右に開いた。その瞬間を見ていよいよ蛹のようだと思った早矢の前に、七はアマフリの肩から顔だけを見せた。早矢が目を合わせると、七は首から下を隠したまま低く苛立った声で呟いた。
「どういうつもり?」
「計画変更だ。基地が大獣に襲われた。もう一人の夜目と狢たちを助けるために引き返させる」
早矢が言い切ると、七は間を置いてから頷いた。
「大獣は私が殺してあげる」
清心の言葉に頷きを返し、早矢はボートの前方に踵を返した。
茶賣はハッチの外に居た。甲板に上がった早矢は同じくハッチから体を出していた冶具に挨拶した。冶具はすぐに振り向いたが、茶賣は進行方向に双眼鏡を向けたままだった。周囲には変わらず荒れ果て乾ききったモッカの風景が流れていた。早矢は茶賣の気が自分に向くのを待たなかった。
「基地が大獣に襲われた。戻ってくれ。まだ誰か助けられるかもしれない」
早矢は先ほどと似た台詞を、今度は風に負けないように叫んだ。視界の端で冶具が驚きに身体を揺らしたが、茶賣は振り返らず双眼鏡からも目を外さなかった。
「なぜだ、夜目殿。基地にあるのはただの門石と多少のコーデックだけだ。俺たちがこれから得るものと比べれば、大獣から奪い返すほどの価値はない」
茶賣はわざとらしくゆっくりと言った。その答えは予想から外れたものではなかったが、だからこそ早矢を苛立たせた。茶賣はこの期に及んでなお近衛の存在を伏せている。早矢が水門石を見つければ他の夜目に用はないということでもある。まして夜目以外の存在には。
早矢は自分より先に怒りだすのではないかと冶具の様子を窺った。冶具は頼から計画の全貌――近衛と水門石についても――聞かされているはずだが、その表情は早矢の想像に反して全く落ち着いていた。冶具は早矢の視線をまっすぐに受け止め、先のない左腕の肩を大きく回した。緊張を解せ。早矢はその意図を正しく理解し、深呼吸をした。
「……昨日の話は嘘だ。この先に宝はない」
早矢は平板な声で言うことに成功した。ようやく振り返った茶賣は楽し気に口の端を歪めていた。早矢はその顔から目を逸らさなかった。
「確かめたいならこのまま行けばいい。俺は本当の宝の在り処を知ってるし、教えてやってもいいが、あんたの期限に間に合うかは知ったことじゃない」
「良い脅し文句だ、悪党」
茶賣はハッチの下を覗き込んだ。
「引き返せ。基地に戻るぞ」 【Day 7 - A - 2に続く】
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