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ナイトバードに連理を Day 5 - A - 1

(これまでのあらすじ)
夢を介して並行世界・胎金界を観測する太縁眼鏡女子高生空鳥清心(そらとり・きよら)は、同じ学校に通う男子生徒犬吠早矢(いぬぼえ・はや)が瀕死でいる場面を夢見する。胎金界で命を落とせば現実でも同じことが起こる。清心は現実で早矢に接触し、同じ夢見の能力と生き抜くための計画を与える。だが胎金界で早矢を雇った茶賣(ちゃうり)の要求は清心の想定を超えていた。

(785字)

 早矢は焼いた餅のような、熱く伸びる何かを口に運び続けた。味も色形も醤油餅に似たそれは特別にうまくはなかったが、少なくとも食事に抵抗感はなく、如何にも腹持ちが良さそうでもあった。

「肉っ気が欲しくなるな」

 餅をもちゃもちゃと噛み千切りながら早矢は言った。独り言ではなかった。簡素ながら外界から仕切られた天幕の中、敷物に置かれた皿とスープの対岸では頼が同じように咀嚼を続けていた。

「勇敢だね」

 胎金界の説明を二日に渡って受けてきた今の早矢にとって、頼の反応は想定通りだった。

「胎金界に生きる動物は大獣と呼ばれ、大部分が高度な知性を持ちます」
「知性。賢いのか。喋るとか?」
「必要とあれば。しかしそれ以前に、彼らは胎金界のあらゆる種類の人より上手く門石を使う存在として畏れられています」

 それを獲って食べようなど正気の沙汰ではない。早矢は前日の食事にも肉類が出なかったことを思い出し、そう納得していた。

「ま、気持ちは分かるよ。あの味は忘れられない」
「……ん? 食べたことあるのか?」

 頼は当然という風に言った。熱心に咀嚼を続けていた早矢は一瞬、その言葉を聞き流し、しかし手に取った次の餅を頬張る前に視線を上げた。

「ああ、覚えてないんだっけ、君は」

 頼は心から楽しそうに加虐的な笑顔を作った。早矢は目を瞬いた。

「……俺も? いや、獲れるもんじゃないはずだろ。大獣のことは知ってるぞ」
「余所の国ならともかく、ここはモッカだからね。出荷するコーデックと入れ替わりに、いろんなものが流れて来たのさ。でも、残念だな。あのお祭りの日に食べた串焼きの味を、君は覚えていないんだ」
「……記憶を失くして悔しいと思ったのは初めてだ」
「ふーん、大変だねえ」
「こいつ、腹立つな」

 早矢は餅を噛み千切った。肉なら食べたことがある、などと言ったところで意味がないことは分かっていたが、餅はさらに味気なくなったような気がした。 【Day 5 - A - 2に続く】



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