かけがえないあなたと
「河図洛から照合結果来ました。登録船名はナ0-木曽分家。戦争行為はこれまでに10件、いずれも正当防衛の判定。汚血歴は無し、直近20サイクルの航路も途絶していません。
ホワイトライダーですな。常識も実力もある。
なお対象からも当方の照合申請があったそうです。
それ情報漏洩だろ。カトちゃん口説いたのか?
プライバシーの侵害ですか先任。よくないですよ。
よくないのはお前の倫理観だと先任は思う。
どうされますか、主任。
うん、会ってみよう」
前姿ビーコンを常灯から目視しやすい明滅に変更。偏差合流地点のアタリを付ける。直立姿勢になり飛膜を収容、背面推進に火を入れる。
10ラインサイクル、200ラインサイクル――ジャンプスーツはいつも通り好調。もしダメでも宇宙の塵が一つ増えるだけだし、そのときそこに私はいない――減速。黒い宇宙を滑る点だったものが一気に拡大し、視界を覆った。
葉巻状の船体に取り付き、跪いて撫でてみる。流星と見まがうニッケルコート、全長1㎞程度、凹凸の少ない灰褐色の外殻はところどころに色むらがあり、潜り抜けてきた戦火を思わせた。
「質実剛健。
赤貧ってんですよ、こういうのは。
私は好きよ。気に入りました」
「それはどうも」
合成音声が会話に割り込んだ。出所は探すまでもない。私は掌を返して船体をノックし、そのまま接触を保持した。
「こんにちは、ナレイ。私はトール。フリージャンパー」
「はじめまして、トール。本船ナ0-木曽分家は鮮花星系へ航行中です。必要な物資などありますか?」
「平気。この通り身軽な旅だから。そっちは?」
「こちらの航行計画も支障はありません。しかし現在、あなたとは別に河図洛外の小型船が船外に取り付いており、対応を保留しています。もしよろしければ実態だけでも確認していただけませんか?」
「キタコレ。お近づきになるチャンスですよ主任。
主任、スキャンしたアンノウンの質量はこちらの500倍程度です。問題ありません。
やれますよ、主任。
ちょっと黙っててもらえる?」
制止は遅すぎた。私はメットの中で盛大なため息をついた。
「賑やかでごめん。というか不気味ね。これはその、通信の混線とかじゃなくて」
「孤愁性人格分裂ですね。お気になさらず。一人で生きるには広すぎる場所ですから」
「ご存知なら話が早い。ナレイさん、不届き者を打ち取った暁には、ぜひ主任に情報交渉の機会を」
私はメット越しに自分の頬を殴った。
「フラれた。
利用されたんですよ主任は。無人なら最初にそう言えってんだ。交渉もなんもないじゃないっすか。
差別的発言だ。船体には汎銀河規格の端子があった。その気になれば遺伝子情報を受け取り、播種することはできたはずだ。
ねじ込んじゃえばよかったんですよ。主任は押しが弱いです」
もう一度自分の頬を殴る。密航船の残骸の間で身体が自転を始める。明滅するビーコンが何度も何度も視界を横切り、遠ざかって行った。 【おわり】