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ナイトバードに連理を Day 5 - A - 3
(1164字)
座り込んでこちらを見る三、四十人の人々。無数に立つ天幕。正面の大獣除け。やや遠くの巨大な崖に開いたやはり巨大な洞窟。それが200m四方程度に広がる"基地"の眺めだった。頼が仰々しく押し開いた天幕から一歩出た早矢は、風景の一部として身体を馴染ませるように大きく深呼吸をした。
その肩から腰は真っ赤なローブに覆われていた。頼から指示された時には心から恥ずかしかったが、その効果は明確にあった。昨日、ボートで受けた分の十倍以上の視線に息苦しい緊張感はない。早矢の印象が正しければ、群衆は感嘆の唸り声を上げていた。「鵺」という声と共に。早矢に宛がわれた天幕、その周囲に座り込んだ彼らは、頼や冶具と同じモッカの狢だった。
思わず立ち止まった早矢が何かを言うより早く、モッカの民は用は済んだと言わんばかりの態度で大儀そうに立ち上がり、背を向けて方々に散って行った。早矢は拍子抜けして頼へと振り返った。
「これでいいのか? 俺、何も言ってないぞ」
「バッチリ。みんな夜目が本当にいるのかを見に来ただけだから」
「……さっき”除け”に行ったときはなにもなかったよな」
「礼儀正しいのさ。そのローブも彼らが辛うじて持ち出した私物を譲り受けたんだ。あれで歓迎しているんだよ」
頼は狢たちの背中を見回した。
「生まれた時から従ってきた鵺を、裏切ったかもしれないという不安はそう簡単に消えるものじゃない。けど、だからこそ夜目の存在はその行動を肯定することになる。君を夜目だと信じたいとは思っているけど、本当に認めるのは難しい。複雑なんだ」
頼は歩きだし、早矢もその後に続いた。モッカの民の間を縫って進むと、すれ違う誰もが早矢を見つめ、その大部分はやはり「鵺」あるいは「夜目」と呟いた。早矢は思わず視線を落とし、誰とも目を合わさずに歩いた。
手探りで纏ったローブは不似合いに思えて仕方なかった。赤の美しさ、布地の滑らかな質感、そして全面に編み込まれ煌めく金糸の紋様。頼は伝統的な夜目の衣装だと話したが、その豪奢さはまさしく夜目に対する期待を示しているようで、早矢の中では事前の恥ずかしさともまた違う緊張が膨らみつつあった。
「あとはそう、鍋とかね」
「……鍋?」
「鍋。どこかの石工が遊びで造った小さなコーデックの鍋を、夜目のためにと差し出した人がいるんだ。薪になる木も吹き飛んだ今のモッカで、温かい物を食べられるのは役得なんだよ」
頼に言われて周囲を見渡せば、確かに焚火の煙はほとんど立っていなかった。ただ一本天に延びる煙は洞窟の傍からあがるもので、その恩恵を受けているのが誰なのかははっきりしていた。
「……雇い主と同じ扱いか。好意が身に余るな」
「でも、君は受けなければいけない。彼らのために」
「気慰みだからな。分かってるよ」
頼は何か言いたげに顎を上げたが、結局は口を開かなかった。 【Day 5 - A - 4に続く】