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チューン・ネームド #パルプアドベントカレンダー2019 #飛び入り参加

 作業台の彼女は翠色の瞳で私を見上げ、微笑んだ。横たえた体を起こすことはしない。仮に機能を制限していなかったとしても、L1腰椎――脇腹から先がない体は折り曲げることもできない。美しい黒髪を刈られた青白い顔は平常時より幼く、十七、八歳ほどに見えた。
「お久しぶりです、先生。1690日ぶりになります」
「四年半? あなたたちが強くなった証拠ね、ピチカ」
 肩に手を置く。一糸も纏わない地肌は色も手触りも哺乳類とよく似ている。そしてそれ以上に、人体の模造を主目的とした"さつき型"と。
 排熱機能より別系統機の擬態、最大出力での活動時間より瞬間的な投入効果を優先したPシリーズ。開発当初の病的な高体温は平和的技術流入により解消され、人間が生身で二種のアンドロイドを区別することはできなくなった。自慢ではない。彼女たちの改良が劇的に進んだのは、私が現場を離れたあとだった。
 それから四年半。ピチカが私を覚えていたことは初期ロットのメモリーが継承されていることを意味する。それほど高品質な彼女が見破られ、打ち倒された。
「見るわ」
「お願いします」
 ピチカの足側、存在しない腰の向こうに左手を回す。マニピュレーターを展開。小指から人差し指までがそれぞれ32本に分かれ、先端のカメラを体内に伸長させていく。両目に映るピチカの顔と、128の繊毛複眼が捉える彼女の内部映像が重なる。増設した頭脳が回転数を上げるイメージ。
「えっちですね」
「どこで覚えるの、そういうの」
 切断された合成脊椎、剥き出しの神経回路。刃物で切られたように均等な断面。レーザーで焼き切った跡ではなく、内部機構がショート、攻撃された形跡もない。先に見たシステムログにも、ただ肉体の損壊を検知し緊急停止したとだけ記されていた。
 熱供給を失い弛緩収縮した人工筋肉、不恰好で不完全な強化樹脂骨盤と関節の隙間を縫ってカメラを進める。樹液のようなカロリーソースが詰まった白い袋――主心臓の3cm下までが消し飛ばされていた。
 壁面のディスプレイにピチカの視覚記録を呼び出す。
 現れたのは壮年の男だ。深い皴と目の堀、達磨画のように見開いた眼。足を開いた半身の構えでこちらを――ピチカを見下ろしている。
 格闘は無言で始まり、二秒足らずで終わった。音を置き去りにするピチカの拳を男はたやすく躱し、払い落し、受け止めた。男の拳は防御の上からピチカの内骨格を粉砕し、その足が胴に入った途端、映像はがくんと降下した。
 男はPシリーズの体を徒手空拳で破壊し、その半身を入手したことになる。さつき型の出力ではない。当然、人間でもない。空間ごと切り抜くような、ひたすらに早く巨大な力を持つ未確認の新型。
「――見事な業前。そもそも潜入捜査がバレたのが問題だけど、これは力負けね」
「交戦対象の解析結果及び露見の原因は、まだ結論が出ていません。でも、次は負けません」
「そうね。あなたたちは最後には必ず勝つ。いつだってそうだった」
「はい。今回も先生に会えましたから、すでに一つ勝ちです。みんなも喜んでいます」
「中継してるの? 照れるじゃない」
 左手を収納し、視線を戻す。ピチカは相変わらず私を真っすぐに見つめている。その目には恐怖も絶望もない。私はその額を撫でた。
「生き延びたのは偶然でしょう。心臓はともかく頭を潰されていたら、いくらあなただって分からなかった。記憶の転送を遮断するのは、あなたたちを仕留めるより簡単よ」
「その可能性は低いと考えました。同胞を破壊すれば彼らは大義名分を失います」
「警告以上のことはしない? あまり敵を信頼しすぎない方がいいと思うけれど、まあ、釈迦に説法ね。管轄外だし」
「対話の道は残っていると私たちは考えています。希望的観測ですが、彼らはまだ敵ではありません」
「調査部もそう考えてくれると良いわ、せめてあと一週間は。いますぐ戦争になったら、あなたたちを助けられない」
 ピチカは歯を見せて笑った。お伽噺の勇敢な戦士のように、むしろそれを真似る子どものように。
「アップグレードですか」
「じゃなきゃ私みたいな飼い殺しまで引っ張り出さないでしょう。予算を動かす看板でしかないのは分かってるけど、何もできないよりは何倍もマシ。私の体は、この時のために残していた手札だもの」
「では、クリスマスプレゼントですね」
 そう言って笑うピチカを見て、私は視界に日付を呼び出した。12月20日。思わずため息が出た。
「気付かなかった、そんな時期だったか」
「カーゴカルトの一種ですよね。私たちからすれば先生は、恵みの露を置く主そのものです」
「それは言い過ぎ。せめてお母さんにして」
 置いた手で額を軽く叩く。ピチカは形の良い目を猫のように細め、すぐに見開いた。
「街に出られるとは思っていませんが、基地なら食堂もありますから。プレゼントにパーティ、きっとありますよね。私たち、私がこんな目に遭ったのに、基地の様子を並列化できるって喜んでるんです。ひどいですよね」
 私はもう一度日付に意識を向けてその意味を確かめ、両手を合わせてうなだれた。
「……うん。ごめん。24日と25日、あなたのスケジュール終日スリープで申請しちゃった。体の調整をしなくちゃいけなくて」
 薄目で見たピチカの顔は、今度こそ悲痛に歪んでいた。
「……なら、先生と一緒に過ごせますね」
「うん……はい。ごめんなさい。最善を尽くします」 【メリークリスマス!】

乱入です。よろしくお願いします。

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