見出し画像

ナイトバードに連理を Day 6 - A - 4

【前 Day 6 - A - 3】

(1868字)

「……この音は?」

 呟いたのは頼だった。コーデックボートのやり取りする”鵺の声”とは違う、時計の内部機構のような断続的な高音が、早矢の耳にも届いた。

「伏せろ!」早矢は咄嗟に頼の肩を引いた。

 次の瞬間茶賣の掌が紅く光り、そしてボートを乗り換えた傭兵の頭が何かに飲み込まれたように消えた。その場の全員が、糸が切れた人形のように倒れ、真っ赤な血を噴き出しながら地面に落ちる男の身体をじっと眺めた。

「……外れた。門石自体を狙わないと難しいか」

 茶賣がひとりごちてから一秒、世界は再び動き出した。轟音。茶賣側の傭兵が発砲し、身を出していた車長と歩兵たちの体に赤い穴が開く。立ち遅れた敵側からの銃撃はほとんど起こらなかった。十一隻のコーデックボートは発砲する前に大きく振動し、次々と動かなくなった。

 甲板に伏せた早矢は、茶賣が背中から血を吹き出し大きくのけぞった瞬間を確かに見た。反撃の銃弾。だが茶賣は倒れることなく掌を輝かせ続けた。その血が流れることはなかった。まるで一瞬で傷口が塞がったかのように。

 果てしない十秒が過ぎ唐突に銃声が途絶えたとき、国境兵側に立つ生物はいなくなっていた。

 何もかも非現実的な光景だった。ボートにもたれ血だまりに浸り動かない二十人あまりの男たち。その体はゲームのように消えることも映画のように視界から外れることもなく、静かに血を流す肉片としてはっきりと存在している。早矢は動揺することなくそう認識した。現実を現実として処理することができなかった。

「サダミツ以外はちゃんと殺しておけ」

 茶賣が静寂を破ると、廃墟から出た傭兵たちが黙々とボートに群がって行った。そこかしこで再び起こる散発的な銃声を無視して茶賣はボートから飛び降り、サダミツの砲塔に上って搭乗口を叩いた。反応はなかった。茶賣は一秒と待たずに搭乗口に手を翳した。またしても茶賣の身体から音が起こり、そしてそれが自然な状態であるかのように、ひとりでにハッチが開いた。

「出てこい、狢。殺させるな」

 搭乗口の脇に立って茶賣が言うと、ようやく一人の狢が這い上がってきた。早矢は中腰になってその顔を確かめ、隣の頼を肘で小突いた。

「あれって……」
「うん、子どもだ。十歳くらいかな」

 早矢の意図を過不足なく察知して頼は答えた。早矢は自分より幼い難民という存在に、その可能性を想像もしなかった自分に恥じるような心苦しさを覚えた。

 ボートからは八人の少年少女が現れた。体は薄く手足も細い八人の狢たちは、水たまりで転んだかのように幼く汚れた顔を真っ赤にしながらボートの周囲に並んだ。早矢に気付かず茶賣を睨むその目は爆発寸前の屈辱にぎらついていた。茶賣は満足げに頷いた。

「良い顔だ。腕もある。お前らはこれからボートに乗って、どこへでも自由に行っていい。誰かに雇われるのも、モッカを出るのも自由だ。そこらの廃船が積んでる土産もやる。あのアホどもなら食料もあるだろう」

 茶賣はボートから布袋を運び出す傭兵に顎をしゃくった。傭兵はすんなりと荷物を手放した。

「ただし、一つ条件がある。噂を流せ。国境兵がこの鉱山町を調べに行ったが、大獣に襲われて全滅した。これだ」

 茶賣はボートの上から宣教師のように説いたが、少年たちは顔を見合わせるばかりで答えなかった。初め早矢は彼らが茶賣の話を理解できないのかと思ったが、肩を寄せ合い小声で相談する様子を見て考えを改めた。八人はどう答えれば生き延びるために最善かを必死に考えている。それは茶賣の前ではあまりに危険な時間の使い方だった。

「早矢」
「分かってる」

 懇願するような頼の呼びかけを待つまでもなく早矢は立ち上がり、前に出た。八人の少年少女が早矢を見上げ、そして紅いマントと金色の瞳に気付いたものから目を見開き息を呑んだ。

「夜目様」

 少女の一人が呟いた。このままでいると跪かれそうだという雰囲気に早矢は慌てて口を開いた。

「頼む。その猩々の言うとおりにしてくれ」  

 早矢がそう言うと少年少女は深々と首を垂れ、慌ただしく物資をボートに積み始めた。茶賣は興味と不服が混ざった顔を早矢に向けた。

「……子ども八人は多い。必要なのはアホを寄り付かせないための噂だ。大獣から逃げ延びたって説得力が弱くなるだろう」

 お前がそう考えると思ったから口を挟んだんだ――早矢はその返事を飲み込んだ。茶賣はボートから飛び下り、悠々と工房に引き返した。

「仕事に戻るぞ。邪魔が入って遅れた上に、石術につられた大獣が本当に来るかもしれん。頼、お前も手伝え」

 頼は早矢の背中を軽く叩き、笑顔を見せてから茶賣の後に続いた。 【Day 6 - A - 5に続く】



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?