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だけど、らら、ラグナロク/史上最高の映画『ベイビーわるきゅーれ』

こんにちは。完璧なものは無いですね。どれほど素晴らしい物事・現象にも瑕疵の一面があり、人間にいたっては自前の昼食選びすらままならない有様。夏は最高の季節ですが生きるには暑すぎるし、冬は服の可愛さ以外に何も良いことがない。春と秋は一年で二週間ぐらいしかない。不完全にこそ美が見えることもありますが、そんなのしゃらくせえときもあります。
どうしても欠点が嫌なら意識から排除して良いところに集中するか……別の不全の個で補うしかない。そして個と個を合わせるのなら、補い合う関係が望ましい。歪なパズルのピースのように。冬はおでん、おでんは冬。夏はざるかせいろ。映画『ベイビーわるきゅーれ』の話です。

 あらすじ
女子高生殺し屋2人組のちさととまひろは、高校卒業を前に途方に暮れていた・・・。
明日から“オモテの顔”としての“社会人”をしなければならない。組織に委託された人殺し以外、何もしてこなかった彼女たち。
突然社会に適合しなければならなくなり、公共料金の支払い、年金、税金、バイトなど社会の公的業務や人間関係や理不尽に日々を揉まれていく。
さらに2人は組織からルームシェアを命じられ、コミュ障のまひろは、バイトもそつなくこなすちさとに嫉妬し、2人の仲も徐々に険悪に。
そんな中でも殺し屋の仕事は忙しく、さらにはヤクザから恨みを買って面倒なことに巻き込まれちゃってさあ大変。
そんな日々を送る2人が、「ああ大人になるって、こういうことなのかなあ」とか思ったり、思わなかったりする、成長したり、成長しなかったりする物語である。 (公式サイトより引用)


『ベイビーわるきゅーれ』は殺し屋少女二人組の不器用な同棲と暴力を描く映画です。殺し屋少女二人組の不器用な同棲と暴力。そうですね。この記事は切り上げて今すぐ上映時間を調べるのがよろしいかと思います。そして回数の少なさに愕然とし、しかしできれば地を這ってでも見に行ってください。文章中でのネタバレは極力避けますが、まあ避けきれる物でもないでしょう。気をつけてください。

さて同性による同棲(俺は本気だ)はこの世で最も良いシチュエーションの一つとされています。開始地点は親しくても赤の他人でも良い。一時的な物でも良いし、永続してもいい。ときに友情が育まれ、あるいは亀裂が走り、愛が芽生えたりそんなものは有り得なかったり、死んだり殺したり。そこでは人と人の距離における無数の可能性が発生します。
一方、アクション映画は最高のエンタメです。殴る資格を持つ人物が殴るに値する人物を殴り、殴り返される。全てを逆にすることで吐きそうな不条理にも対応。美しい光景。物語の力。人間賛歌。

『ベイビーわるきゅーれ』はそんな二つの要素の両立に挑戦し、「破滅的な生活を送る二人のポップで温かな暴力」を実現しました。それも極めて高いレベルで。

何を置いても主役二人の魅力が抜群です。"ちさと"(高石あかり)は身のこなしも喋りも表情も殺人的に移り気。"まひろ"(伊澤彩織)はことさら不器用な生活と身体に染みついた殺人動作の振り幅が壮絶。二人とも小柄ながらアクションに説得力があり、それでいて長回しの雑談は自然体でとても楽しい。
高石さんはアクションが本職の役者ではなく、スタントウーマンの伊澤さんは台詞のある演技自体が少ないとのことですが、何も何も。銃を構えて並ぶ/ソファに転がってゲームを回す二人の姿は最高に格好良く、笑ってしまうほど愛おしい。永遠に見ていたい。

予告編に名前が出る二名の監督(監督・脚本:阪元裕吾 アクション監督:園村健介)についても触れておきたいところです。
映画制作において、全体の監督とは別にアクションシーンの監督が立てられるというのは少しも珍しいことではありません。これもまた補い合い。しかしアクション監督の名前が予告編に登場し、それも本監督と併記されるというのはなかなか見ない例です(なおエンドクレジットでは完全に離れた扱いでした)。私個人で言えば今回初めて見たかもしれません。

阪元裕吾さんはバイオレンス映画の新星として注目を集める若手監督です。私は不勉強にして前監督作『ある用務員』しか拝見できていないのですが、乾ききった雰囲気と立ったキャラクター、呆気なく振るわれる暴力はなるほどと唸る物でした。ともかく決して無名な人物ではありません。

では何故今回は二名が併記されたか。勝手に推測することしかできませんが、大筋は「アクション監督が園村健介さんだから」という理解で良いかと思います。園村健介さんの監督作『HYDRA』のアクションクリップをご確認ください。

何も分からない。速すぎて。園村健介さんはこの格闘を設計・撮影された監督です。あと映像中のパンイチが園村監督ご本人です。

世にアクション映画は様々あり、格闘戦撮影の手法も多種多様。その中でも園村監督が『HYDRA』で見せた格闘戦は、おそらく世界最速にして最も距離を詰めた物でした。なんか「拳を身体に擦らせて背中まで抜くことで全力の打撃に見せる」「相手が打ちにくい位置に避ける」みたいな話らしいです。なるほど?

『HYDRA』に関してはこちらの記事が詳しいです。

『HYDRA』で「ウワーッ」となってしまった人が「アクション監督:園村健介」の名に引かれるのは必然です。名前を出す効果が大いにある。まして本作には『HYDRA』の主演・三元雅芸さんも出演されていて、いやが上に期待が高まります。そして実際に本編のアクションは……言葉で説明できる物ではありません。ヤバかった。
これは完全に素人考えなのですが、内に入って躱す格闘は体格差のあるアクションで非常に映える気がします。伊澤さんのような希有な人物でなければそもそも実現できないという問題は残りますが……。

また、最高とされる映画の条件の一つに最高な楽曲の存在があります。いわゆる「○○(任意の映画タイトル)のうた」。近作では『モータル・コンバット』にも最高のテーマ曲があり、『ノマドランド』もみんなで歌っていました。何を隠そう本作にもあります。劇中では挿入歌として流れました。配信されていますが、パンフレットを買うとCDが付いてきます。しかもドラマCD入り。ドラマCD!?

本稿タイトルも歌詞からの引用です。歌唱は"高石あかり×伊澤彩織"、主演のお二人です。意外に思われるかも知れませんが、アクション映画の主役が映画楽曲を歌うというのも実はままあることです。アンディ・ラウとか、ドニーさんとか。とても良い文化だと思います。

フェアプレーの精神から書いておきますが、本作は決して完璧な映画ではありません。話運びは全体的にふわっとしていて、一部聞き取れない台詞が(そういうギャグ以外でも)あったりしました。コメディ部分は手堅く笑えますがどうにも軽薄で、妙に浮いた言葉選びも散見されます。成立感・隙の無さで言えばもっと優れた映画はいくらでもあるでしょう。あといくらなんでも上映が少なすぎる。機会の損失は良くない。

が、それでも『ベイビーわるきゅーれ』は史上最高の映画です。世界最速級の格闘アクションがあり、同棲の会話劇があり、歌がある。間違いなく見る価値があります。なお阪元監督は5作目まで続編の構想があるとか言っているようです。見たいですね。

余談ですが伊澤さんは現在ドイツにて『ジョン・ウィック4』の制作に参加されているそうです。スタントダブルを演じられるかは未確定のようですが……。見たいですね。

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