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ナイトバードに連理を Day 5 - B - 1

【前 Day 5 - A - 9】

(1317字)

 スマホを介した清心とのやり取りを見返し、早矢は顔をしかめた。

《俺と同じ状況の奴、ほかに知ってる?》
《ごめんなさい。放課後、お話します》

 また謝らせた。面と向かって問い詰め、驚かせるよりは良いと自分に言い聞かせたところで後悔は消えず、身が入らず眠ることもできない授業は昨日よりさらに長く感じられた。

 ようやく終礼の鐘が鳴った途端、清心は早矢を迎えに現れた。教室には入らず扉から中を覗く姿は礼節を守っているようでもあったが、その視線を浴びせられた早矢はややたじろいだ。逃げるようにそそくさと動きだす様と向かう先の清心がどう見えたか、早矢は数人の男子生徒から肩やら脚やらに殴る蹴るの友情表現を受けながら教室を出ることになった。

「だ、大丈夫、犬吠くん?」
「よゆう。行こうぜ」

 早矢は廊下から教室に中指を立て、投げつけられたスニーカーをダッキングで躱した。

 道中、早矢は当たり障りのない話をいくつか振ってはみたものの清心は俯いて相槌を打つばかりで、会話が弾むことはなかった。衆人環視の往来で核心に踏み入る訳にもいかない。早矢は焦れったいと思いながら、会話が盛り上がらない理由が明確であることに安心してもいた。

 ほぼ無言の清心に案内された先は、図書館とはS高校を挟んで反対方向にあるカラオケボックスだった。

「その人とは、ここで話すことにしていて」

 その人。早矢は問い詰めたい気分を堪えた。

 人に話を聞かれないという点で言えば、確かにカラオケは一つのアイデアだった。学校からも近いとなれば同じ生徒か、少なくとも同じ地域の人間に違いない。清心の背中を追って店に入り、廊下を進む。放課後、カラオケに来る制服の男女二人組。クラスメイト以外の目にもどう見えるかは分かりきっていたが、そのことに浮かれる気分にはなれなかった。

「……ここです」

 清心は扉の一つの前で足を止めた。窓付きの扉の向こうは覗こうと思えば見ることもできたが、早矢は清心の動きを待った。少なくともアマフリが待っているわけではない。早矢はそう考えて自分を落ち着かせようとしたが、清心が緊張をほぐそうと小さく深呼吸するのを見てしまい、なおさら不安になった。

「おまたせ……」

 清心は決断的に扉を開いたわりに小さな声で呟いた。早矢も続いて部屋に入り、そしてそこで待つ少女を見て思わず頷いた。

「どういう反応、それ?」

 ソファに腰掛け、楽曲表から顔を上げた小柄な少女――昨日、図書館の前ですれ違った女子生徒は棘のある声で言った。それでも早矢は見知った顔にいくらかの安堵を覚えていた。

「いやまあ、なんとなくそんな気がしてたんで」
「何その下っ端ムーブ。同級生でしょ、犬吠早矢くん」

 閉まる扉に押されるように歩みながら、早矢は清心に目を向けた。視線を返した清心は、困った風に笑っていた。

「ごめんなさい。ココちゃん、押しが強くて」
「らしいな」
「二人で通じ合わない」

 少女は勢いよく立ち上がり、早矢に右手を差し出した。

「九猿近衛。九匹の猿の近衛兵。清心と同じクラス」
「俺は……」
「知ってるって」

 早矢が曖昧に出した手を近衛は奪うように握り、乱暴に振った。

「よろしく」
「おう」

 まっすぐに目を見てくる近衛の勢いに押され、早矢はひとまず頷いた。 【Day 5 - B - 2に続く】



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