知らないところで許されてる。
私は怒っている。
とても怒っている。
母に対してとても怒っている。
***
社会人になってしばらくした頃、私は友人の結婚式に着ていくノースリーブのワンピースに合わせる羽織ものを探していた。
できることならノースリーブのまま参列したいが、マナーブックには「結婚式は肌を隠し、二次会では肌を見せる」と書いてあるし、何かしら羽織らなければいけないらしかった。
ただ、量産型謎の羽衣族にはどうしてもなりたくなくて、「羽衣ではない何か」を求めていた。
探し回っていたら少し変わったベールのようなレースを二種類合わせたような黒いショールを見つけた。
長辺のどちらを上にするかによって、印象がガラリと変わって、色んな使い方ができそうだった。
私の当時のお給料からしたら、ちょっと厳しいお値段だったけれど、これからたくさん使えると思ってえいやっ!と買った。
結婚式の度にそのショールは活躍してくれた。
日常の衣類ではないので、使わない日は大事にタンスにしまっていた。
その、大事なショールを、あろうことか母親が昨日、ハサミで切り刻んだのだ。
***
昨日、コンサートから帰って着た母親が私のショールを羽織っていた。
それだけでも眉毛がピクッとしたけど、その後、母がありえないことを口にした。
「これねー、いらない部分切り取ったの!ステキでしょ!」
「は?」である。
混じりっけのない「は?」という一音が私の口から出た。
「それ、私のだけど・・・どういうこと?」
「え?私のじゃないの?『いつ買ったんだっけなー』って思ったらあなたのだったの?」
「私が結婚式の時に着ていく用のものなんだけど・・・切り取ったって・・・どういうこと・・・」
怒りで中々うまく言葉を組み立てられない。
「えっ!そうなの?ごめーーーん!縫い直せない程細かく切り取っちゃった!」
「許さん・・・」
「ごめん」
「絶対に許さん!!!」
「似たようなの買ってあげるから」
「似たようなのなんてどこにも売ってない!許さん!話しかけないで!」
***
そう叫んで仕事に行った。
時間を費やして悩んで、やっと見つけて、背伸びして買った特別なショールを失った悲しみで、心にポッカリと穴が空いていた。
それにしても腹が立つのは母親の態度だ。
軽い。
軽すぎる。
あの人の頭の中にはヘリウムガスが詰まっているのかと疑う。
一番素敵なレースの部分を奪われ、切り刻まれたショールのことを思うと涙が出そうだった。
「ごめん」だけで許せるはずがない。
(許さん許さん許さん許さん)
心の中でつぶやいていた。
100回くらい「許さん」と唱えた時、ふと
「私って許されなかったことあったかな」
と思った。
(はて・・・)
思い返してみたけれど、よく分からない。
私のことを「許さん」と思っている人がいたら、きっと私に意地悪をするだろう。
私に恥をかかせることを生き甲斐とし、もしかしたら丑の刻参りをしているかもしれない。
今の所、意地悪をされている感覚もないし、心臓のあたりがやたら痛むこともないので、「許さん」と思われていないのだと勝手に理解している。
しかし、過去の自分の言動を振り返ると、
「本当に酷い」
と思うことが数知れない程ある。
社会人1年目の4月、
「送付文を作って」
と言われて、
「どんなものを作ればいいのか分からないので、1つ作ってくれませんか。」
と言ったことがある。
布団の上でのたうち回りたいほど恥ずかしい。
フォルダを漁れば過去の送付文があったろうに。
1年目でなんて偉そうなんだ。
しにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしに・・・
自分が小娘に
「あんたが作れって言ったアレ、どんなものか分からないからサンプルをよこせ」
と言われたら・・・と考えただけでムカムカする。
なのに、それを言われた前任者の方はメールで「こういうものですよ」と送付文のサンプルを送ってくれた。
天使でしょうか。
いや、違う。
神です。
あなたは神です。
今になって本当に申し訳ないと思うし、「こんなに酷い新人を許してくださってありがとうございます」とその方に向かって108回太陽礼拝を行いたい気分だ。
私は母のことを「許さん」と思っているけど、私は自分が気づかないところで人に迷惑をかけたり不快感を与えていて、気づかないところで許してもらっているのでは?と思えてきた。
そう考えると、私も許せる人になりたいと思えてきた。
許してもらっているお礼に許したい、と。
だから母のことも許そう・・・と思ったがやっぱり無理。
ショールの無残な姿を思い出すとやっぱり無理。
でも、口くらいはきいてやってもいい、と思えた。
まだまだだな。