おっぱいと生きていく。
いつものように受けた人間ドック。
一応今回もオプションで乳がん検診を追加した。
何年か前に
「あなたは乳腺が高密度だからマンモよりもエコーの方がいいですよ」
と言われて以来、エコーを受診している。
受けたことのある女性ならご存知だと思うけど、マンモグラフィーって板と板とでおっぱいをぺしゃんこに押し潰すので、とても痛い。
初めて受けた時は「おっぱいがもげる」という感覚を味わった(実際はもげていないけど、もげそうなくらい痛かった)。
無理をしてマンモグラフィーを受けていたので、「なんだよエコーの方がいいなら早く言ってよ。」と思った。
その日もエコーを受けた。
技師のひとが丁寧に時間をかけて見てくれた。
右のおっぱいにさしかかったとき、やたら詳しく見られた感じがした。
(おいおい?なんだなんだ?)
と不安になったが、
「はい、お疲れ様でしたー」
と普通に笑顔で終了したので、「気のせいか」と思った。
その直後の触診の先生が少し太めの方で、まるでパンを成形するジャムおじさんのように私のおっぱいを捏ねたので吹き出しそうになった。
(マスクがあって本当によかった)
ジャムおじさんのお陰で、先程一瞬感じた不安のことは忘れ去っていた。
***
人間ドックから1ヶ月が経過して、職場に結果が届いた。
ジャムおじさんのことを思い出しながらパラパラと結果を見ていたら、
「乳がん」の欄に「E」と書かれていた。
周りの音が一気に聴こえなくなった。
サーーっと血の気が引いていくのが分かった。
家族に乳がん検診がE判定だったことと、仕事の後にすぐ病院に行くことを連絡した。
それから、「もしかしたら、迷惑をかけることになるかもしれない」ということも。
声が震えるのを必死でこらえて電話をした。
(あー・・・わたし、しぬかもしれないんだ・・・)
初めて「死」を意識した瞬間だった。
***
34年間生きてきた。
10代や20代の頃は、なりたい自分像があって、「早く素敵な大人になりたい」と思っていた。
30代になって、あの頃の私に恥じない生き方をしているとはとても言いきれない。
かと言って、悪い人になったわけでもない。と思う。
毎日不幸だとは思っていないけれど、「なんとなく」で時が瞬く間に過ぎていくことと、何者にもなれていない自分に苛立っていた。
歳を重ねるごとに、自分の中の「よくないもの」が煮詰まって凝縮され、私そのものが「よくないもの」になっているのではないかと、漠然とした不安があった。
「死にたい」とは思わなかったけど、「生きている意味、あるのかな?」と思う瞬間は何度もあった。
心のどこかで、「死んだらまあ、しかたないよ」という諦めがあった。
あった、はずだった。
だけどどうだろう。
いざ死ぬかもしれない状況になったら、心臓がバクバク鳴っている。
まだ、愛する人を見つけられていない
まだ、結婚をしていない
まだ、子どもを産んでいない
まだ、仕事をしたい
まだ、なりたい自分になれていない
まだ、読んでいない本がある
まだ、誰にも恩返しできていない
まだ、まだ、まだ・・・
頭の中をいくつもの「まだ」がぐるぐる回っていた。
私はこんなにもこの世に未練がある。
こんなにも生きたいのだと気づいた。
***
その日はどんなふうに仕事を終えたのか全く覚えていない。
仕事が終わったその足で乳腺の専門医に行った。
受付の看護師さんに「人間ドックでE判定が出まして・・・」とまで言ったら、真剣な顔で「分かりました。結果はお持ちですか?はい。掛けてお待ちください」とテキパキと言われた。
しばらくしたら診察室に呼ばれた。
先生は結果を見ながら
「大丈夫だと思うなぁ」と言った。
「大丈夫な訳あるか!E判定ぞ?」と暴れたくなった。
けれど、「もう一度しっかり見てみましょう」と言ってくれた。
先生は長い時間をかけてかなり丁寧にエコーで見てくれた。
ドックの結果で「疑わしい」と言われていた右のおっぱいの右下を特にしっかり見てくださった。
検査の後、「かなり丁寧に見ましたが何もありません。大丈夫です。」と言われた。
「人間ドックはね、ドクター自身がエコーをする訳じゃなくて、技師の人が画像を撮影して、コメントをつけてドクターに渡すんですね。ドックでは良くあるんですが、技師の人が「疑わしい」とコメントしているから、念のためE判定にしておくということがあるんです。」
と教えてくれた。
続けて、
「こうしてちゃんと乳がん検診を毎年受けることは、とてもいいことです。これからも続けてください。ドックの検診センターにはこちらから結果を伝える手紙を書いておきます。」
と言ってくださった。
膝から崩れ落ちそうなくらい体の力が一気に抜けた。
震える声で「ありがとうございます」と言ってヨタヨタと診察室を後にした。
受付にいたさっきの看護師さんが
「すごく不安になる気持ち、分かります。安心できてよかったです。」
と言ってくださった。
***
「ああ、生きれるんだ。」
と思ったら、今まで見ていた景色が全然違って見えた。
空も、木も、草も、石ころでさえも呼吸をしているように感じられた。
本当に不思議な体験をした。
母に電話したらとてもホッとしてくれて、「実は連絡をもらったあと、少し泣いた」と言われた。
私が死んで悲しむ人はいる、と実感した。
***
その日お風呂に入って、湯船に浮かぶじぶんのまんまるのおっぱいを見つめながら、
(自分のおっぱいのこと、『あんまり好きじゃない』って思っていたからこうなったのかなぁ)
と思った。
しばらく見つめてから、少し撫でた。
「『嫌い』って言ってごめん。これからもよろしくね」の気持ちを込めて。
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