どこまでなら許されるか。
どんなジャンルにおいても「どこまでなら許されるか問題」は存在すると思う。
ちなみに「許される」の定義は、そのコミュニティ内ではなく、「広く世間一般的に」という意味だ。
私は30年生きてきたが、「ある一定のジャンルにどっぷり浸かる」ということが出来ないでいる。
どこかで冷静なもう1人の自分がいて、
「いやいやいや・・・それは世間的に無いで?アカンで?」
と諌めてくる。
分かっている。
世間の目を気にせずにどっぷり浸かってしまう方が幸せなんだろうな、ということは分かっている。
でも、どうしても、「世間にどう見られるか」を気にしてしまう。
「今、どっぷり浸かってるぜ!」と感じる瞬間は無いことはない。
無いことはないが、冷静な自分が
「いや、あんた、それ、都会のど真ん中で同じことできる?え?やってみ?」
と意地悪なことを言うので、
「うううう・・・できない・・・」
と唸りながら、もじょり、もじょりと足だけ浸かった沼から這い出ることになる。
最近の私は、すごくヨガにハマっている。
形から入るタイプなので、いいヨガマットも買ってしまった。
2枚目だ。
ヨガにハマればハマるほど、いろんな筋が伸びて、気持ち良い。
これはヨガインストラクターの資格まで取ってしまいたいくらいにハマっている。
しかし、ヨガはもともと宗教から生まれたもの。
どうしてもスピリチュアルな匂いが発生する。
スピリチュアルを全然受け付けない身体ではない。
親戚に坊さんがいたし、女の霊に気に入られて体調がおかしくなったこともあった(今はついていないよ♩)
・・・すでに受け付けない人には受け付けない内容のことを言っていると思うが、自分はこのように、スピリチュアルに関しては結構寛大だと思っている。
それでも、「スピリチュアルでなんでも解決☆」という空気感や、全てのことを「お導き」で片付ける人は苦手だ。
「波動」というものも感じたことがないので、イマイチ信じきれない。
それから、ヨガをやる人はベジタリアンが多く、更にグルテンフリー生活をしている人が多い。
私は肉と小麦粉が好きだ。
小麦粉なしは米粉で代用すればなんとかなるかもしれないが、肉抜きは無理だ。
「いただきます」と思っていつも美味しく肉を食べている。
元気の源は肉だ。
栄養ドリンクよりも肉だ。
食べログの「行きたい」リストには、色んな肉のお店がストックしてある。
無理。
肉断ち無理。
何かにどっぷりハマるのは私にとって、とても難しい。
どっぷり浸かっている人は、どうしてどっぷり浸かれたんだろう。
どっぷりの人にインタビューしてみたい。