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福島の甲状腺がん検査の闇2:行政と学会はなぜ検査を止めないのか?―大人の都合の犠牲になる子どもたち

福島の甲状腺検査については、過剰診断の被害が発生しているのではないかといくつもの国際専門機関が警鐘をならし、WHOのがん専門チームのIARCは「原発事故後に甲状腺スクリーニングはすべきでない」とする勧告を出しています。にもかかわらず、福島においては甲状腺検査は2011年当初とまったく変更なく実施されており、被害は拡大を続けています。

福島県・福島医大はあたかも甲状腺スクリーニングにメリットがあり、過剰診断は対策済みであるかのような科学的に誤った情報を住民に伝え続けています。所管官庁の環境省は大臣が過剰診断への対応を聞かれた際に「自分の仕事ではない」と回答し、関与を拒絶しています。学会では、過剰診断についての議論が封印され、学会幹部が福島では過剰診断が起こっていない、という主張を学会雑誌や公式のテキストブックに掲載して会員を誤情報に誘導しています。福島県民にとっては、行政の言うことも専門家の言うことも全くあてにならない、という悩ましい状況です(①)。

どうして行政や学会はこのような非常識とも思える対応をしてまで検査を続けたいのでしょうか?その動機について「福島の甲状腺検査と過剰診断」(②)に記載の情報に新たな情報を加えてまとめてみます。

1.健康被害の責任を取りたくない

検査によって既に300人以上の子どもや若者が甲状腺がんの診断を受けており、その大半が既に手術を受けてしまっています。大部分が本来治療が不要であった過剰診断例であると予想され、そうだとすれば大変な健康被害です。いつ集団訴訟が起こってもおかしくない状況であると言えるでしょう。その場合、当然検査を推進してきた人たちの責任が問われることになります。巨大な医療プロジェクトで見込み違いがあり、健康被害が出てしまった場合、本来ただちにやらなければならないこととは、プロジェクトをいったん中止し、被害者を救済することです。しかし、福島の甲状腺検査はそうはなりませんでした。逆に被害の存在をあからさまにしないようにする、という道を選んだのではないでしょうか。音喜多駿参議院議員はこのことを「官僚の無謬性」と表現してました(③)。

検査を推進してきた人たちが住民が検査の有害性に将来にわたって気づくことがないであろう、と考えているとは思えません。しかし、「過剰診断」の被害は直感的にわかりにくいため住民からの不満の声はまだあまり聞こえてきていない、というのが現状です。自分たちが責任を取らないといけない立場のうちは結論を先延ばししようとしている可能性は高いように思います。検査に関わった専門家たちが「過剰診断かどうかは時間が経たないとわからない」としきりに主張するのはその表われではないでしょうか。

2.巨額な予算を手放したくない

福島県民健康調査には1000億円という巨額な資金が投入されています。福島の医療現場では新しい施設のビルが建ち、超音波機器を中心とした新しい医療機器がつぎつぎに導入され、大学には潤沢な予算を使ってポストが新設されて新たな雇用が生まれています。このあたりは「コロナバブル」と言われた現象と似ています。この予算は県民のために使われるべきものです。しかし、甲状腺検査が県民に害をもたらしている、と言う話になったらどうなるでしょうか。予算を削減しよう、と言う話になりかねません。特に甲状腺検査をするため、という名目で予算を受け取っている人たちにとっては大打撃です。このようなバブルを維持するために「予算がもらえるように少しでも長く検査を続けたい」と検査を実施している側が考えてもおかしくはありません。ここでも健康被害についての結論を先延ばしにしたくなる誘惑があるのです。

また最近では、検査に関わる団体は、検査の任意性を強調し、過剰診断を含めた検査のデメリットを承諾した上で検査を希望した人が受けるものであることを強調しています。端野洋子氏の漫画「俺の初恋の人が兄とフラグを立てまくってつらい」で取り上げられた責任団体への質問に対する福島医大・福島県・環境省の返答でも、メリットとデメリットを理解した上での任意の検査であることと、訴訟が生じたとしてもこの考えをもとに対応することが示唆されています(④)。

3.研究業績を挙げたい

2011年以降、福島県立医科大学から出される研究論文の数は急増し、それまで国内の医科大学の中では最下位層であったものが一気にトップ5のレベルにまでになりました(⑤)。その大半が福島県民健康調査、特に甲状腺検査に関するものです。世界初の事例ですし、これだけの桁違いの予算を費やした研究プロジェクトですから当然の結果とも言えるでしょう。しかし、このようなデータは医学研究倫理を規定したヘルシンキ宣言を逸脱した状態で得られたのだという厳しい現実を忘れるべきではありません(⑥)。華々しい業績の背後には多くの子ども達の犠牲があるのです。しかし、福島県立医大の中の人たちは、自分たちの研究者としてのステイタスが向上したように思っているのではないでしょうか。甲状腺検査が中止になれば、成果を上げるのは難しくなるでしょう。

4.原発訴訟に備えて健康被害がでていないとするデータを取りたい

専門家たちが福島の甲状腺検査の計画を検討した際に、「住民のデータをきちんととっておけば今後の原発訴訟に使える」という意見がでていたという記事がありました(⑦)。福島では住民は甲状腺がんのリスクが上昇するほどの被ばくはしていないことは既に証明されています。ですから、本来甲状腺がんの発症をおそれて検査をする必要はないはずなのです。これが本当だとすると、原発事故の責任を問われている政府としては、子どもの健康被害に目をつぶってでも裁判を有利に運ぶためのデータを取りたい、ということなのでしょうか。


SNS等では、福島の甲状腺検査止まらないのは止めると住民や市民団体から抗議がくるので行政が遠慮してるからだ、という説明もみられますが、以前の我々のNote(⑧)でも記載したようにそれは違うでしょう。アンケート等の結果(⑨)を見る限り、大多数の福島県民は検査に関心を持っていません。むしろ検査を止めたくない側がそのような声の大きい人たちの意見を盾として利用して検査を継続する口実に利用している、というのが実態ではないでしょうか。

福島の甲状腺検査はブレーキの利かない暴走機関車になり果てており、もはや社会悪と言っても良いかと思われる事業となっています。ところが不思議なことにこのような状況をマスコミはほとんど報道しません。専門家の間では、福島の甲状腺がんの過剰診断問題は医学の歴史上でも重大な事件の一つであると言われています。なぜマスコミがこのような重大事件を報道しないのか、について次に考察してみたいと思います。


①    福島の甲状腺がん検査の闇1 :行政と学会は検査を擁護する誤った情報を流布して健康被害を拡大させている https://note.com/mkoujyo2/n/n40598710d0cd
②   福島の甲状腺検査と過剰診断 子どもたちのために何ができるか  髙野徹, 緑川早苗, 大津留晶, 菊池誠, 児玉一八https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784871541909 
③  不適切な甲状腺がん検診、国会の反応は?音喜多議員と話そう(上松正和のYouTubeクリニック)
https://www.youtube.com/watch?v=dr9SdRGX9Uk 
④  福島県県民健康調査「甲状腺検査」責任団体への質問と回答 端野洋子note https://note.com/hnyk0720/n/nb84863977ce9
⑤  福島県立医科大学、論文数ランキング躍進のわけ
https://japan-indepth.jp/?p=62658
⑥  Note 「福島県「甲状腺検査」の医学倫理問題、なぜ軽視されてしまったの?」
 https://note.com/mkoujyo2/n/n5eecba4061e6
⑦ 白石草 甲状腺がん250人の裏側で進む「検査見直し」(世界942 p238-45,2022.)
⑧  Note 「福島の甲状腺がんの過剰診断問題の年表」
https://note.com/mkoujyo2/n/na38c0f5012c0 
⑨ 第50回「県民健康調査」検討委員会のアンケート資料3甲状腺検査に関するアンケート調査 結果報告書
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/611554.pdf