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福島県「甲状腺検査」の医学倫理問題、なぜ軽視されてしまったの?

医学研究では成果をあげることよりも、調査対象者の健康や人権を守ることが優先されます。この考え方は、第二次世界大戦中にナチスドイツの下で行われた人体実験についての反省に基づく決まり事としてヘルシンキ宣言としてまとめられました。すべての医学研究は、研究の対象者を守るためにヘルシンキ宣言に従う、というのが国際常識です。日本医師会のホームページでも読むことができます。福島県の甲状腺検査から得られたデータは、福島県立医科大学の先生方を中心とした研究者たちが論文として報告しています。そのほとんどの論文に「この研究は福島県立医科大学の倫理委員会がヘルシンキ宣言に準拠していることを認めている」と記載されています。しかし、ヘルシンキ宣言に従っているのだとしたら、どうして過剰診断の大規模な健康被害が出てしまっているのでしょうか

福島県の甲状腺検査については以前から3つの倫理的な問題が指摘されています。

1)害が利益を上回る検査を子どもや若者に受けさせている可能性が高い。
2)検査の有害性・甲状腺検査をするべきでないとしたIARC(WHO)の提言の内容など、本来対象者や住民に知らせるべき内容を知らせていない。
3)学校で集団検診の形で実施しており義務であるという誤解が生じている。
 

平成30年(2018年)10月29日 第11回甲状腺評価部会で下記のようなやりとりがありました。
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/302307.pdf 
(第11回甲状腺評価部会 議事録p40~)
 

(髙野徹部会員)
1点よろしいですか。この資料というのは、我々実はもともと倫理問題として出しているものですので、特にこの学校検査に関しては、倫理委員会の場で検討していただく必要があると思います。ですから、現在福島県立医大の倫理委員会がこの役をしていると思いますので、そちらの方で学校検査の問題についても、これで可か、是とするか否とするかは判断していただきたいと思います。
(鈴木元部会長)これについては既に今の研究計画書は倫理部会員会にかかっていて、その中にこの検査の体制も含まれているんではないかと私推察するんですが。
(安村誠司理事(教育・研究担当) )鈴木先生のおっしゃられたとおりです。
(鈴木元部会長)ですから、一応倫理委員会でこの方式は認められているということになって
いるかと思います。
(髙野徹部会員)それは検査開始当初の審査ですか。
(安村誠司理事(教育・研究担当)) そのとおりです。
(髙野徹部会員)この学校検査はその後で始まったのではないでしょうか。
(安村誠司理事(教育・研究担当)) このやり方での倫理申請で承認されています。
(髙野徹部会員)了解しました。

すなわち、福島県・福島県立医科大学は、福島県立医科大学の倫理委員会が学校検査を含む現在の検査のやり方で倫理的に問題ないと判断していることを根拠に、検査を継続しているのだと主張しているのです。

 では、その審査自体はどうなのでしょうか。次の文書は倫理委員会に最初に提出されたと思われる審査用紙です。

「県民健康管理調査の一環としての福島県居住小児に対する甲状腺検査」倫理審査申請書、申請決定通知書(平成4年4月2日~平成23年4月1日に生まれた県内居住者(県外避難者を含む)36万人)(研究責任者 阿部正文)(2011.9.22)
http://clearinghouse.main.jp/web/fukushima_m015.pdf

そして、こちらが、その 1318 「『県民健康調査』の一環としての福島県居住小児に対する甲状腺検査」を2021年11月に変更申請されたものです

「『県民健康調査』の一環としての福島県居住小児に対する甲状腺検査」のデータを利用した観察研究
https://www.fmu.ac.jp/univ/sangaku/data/koukai_r02/1318.pdf

この内容で承認されているのですが、上記の問題点1)―3)について検討された形跡が見当たりません。特に、超音波検査の有害性については「超音波検査は無害な検査である」と明確に記載され、その内容で承認されています。過剰診断のリスクは全く検討されていないように見えます。3)についても学校で検査を行うことについての議論がされた形跡がありません。その後、追加の審査でこのような問題点の審査がなされたかどうか、検索してみましたが、そのような形跡はやはり見当たりません。
 
以上の状況を考えると以下のようなことが起こっているのではないでしょうか。
 
①  福島県・福島県立医科大学は、甲状腺検査の倫理的正当性についての責任は倫理委委員会にあると考え、倫理委員会の判断を錦の御旗にしている。
②  倫理委員会には検査実施上の問題点や過剰診断の被害が大規模に発生している状況が伝えられておらず、書面の内容に齟齬が無いことだけで判断して許可を出している可能性が高い。すなわち、上記の3点についての審議はしていない。
 

では、このような判断がもたらした健康被害の責任がどこにあるのかを考えてみましょう。

第一に、福島県立医科大学の倫理委員会が重大な責任を負うべきであることは明らかです。倫理委員会は自らが承認した研究が問題なく実施されていることを監視する責任があるからです。知らなかった、では済まされない問題です。
第二に、倫理委員会に正しい情報を提供していなかったとしたら、福島県・福島県立医科大学にも責任があります。研究の実施者は、研究の実施に当たって当初予想外であった事態が発生した場合、特に対象者に危害が加わる可能性がある事態が発生した場合は、遅滞なくその内容を倫理委員会に報告し、適切な対処をする必要があるからです。そのような報告はなされていたのでしょうか。あるいは検査実施者が過剰診断の被害はないと判断して、報告の必要がないと考えているのでしょうか? (福島県は過剰診断を認めていない https://note.com/mkoujyo2/n/n72c633863ebd )そうだとしたら科学的事実の誤認の責任が問われるでしょう。
 
もちろん、これらの考察は、我々の検索の仕方が悪くて、正しい情報を把握していないから、ということも考えられます。しかし、いずれかの段階で倫理審査が適切になされていないのだと考えないと、どうして医学倫理的に問題ある検査が大手を振って現在でも実施されており、それに伴う健康被害が拡大しているのか、説明がつかないのです。
 
医学研究における倫理的問題は、近年特に臨床治験におけるさまざまな不正が明るみにでたことからその責任が厳しく問われる風潮になっています。倫理問題を軽視してきた福島の甲状腺検査の実施体制は、そのような世間一般のありかたから乖離しているのではないでしょうか。