第67回日本甲状腺学会学術集会で起こったこと― 前例のないことが次々と ―
2024年10月3日から5日に横浜市パシフィコ横浜ノースにて、第67回日本甲状腺学会学術集会が開催されました。医学系の学会では前例のないことがいくつも起きた会であったと思います。
1. 学会の冒頭に行われた評議員会で、甲状腺学会員有志か甲状腺学会理事会に向けて提出された「要望書」について、有志の代表が見解を述べました。
2. 「福島セッション」で甲状腺検査の責任者である志村部門長が、過剰診断も含め説明は行っていると発言されました。
3. オンデマンド配信が予定されていた「福島セッション」ですが、突然、何の説明もなく配信されなくなりました。
それぞれについて説明したいと思います。
1. 学会の冒頭に行われた評議員会で、甲状腺学会員有志が甲状腺学会理事会に提出した「要望書」について、有志の代表が見解を述べました。
学会の初日である2024年10月3日付けで、甲状腺学会に所属する有志6名により、甲状腺学会理事会に「要望書(日本甲状腺学会において公平で開かれた科学的議論とそれに基づく運営を求める要望書)」が提出されました。この要望書については有志の一部が所属している若年型甲状腺癌研究会(JCJTC)のホームページにて公開されていますので、興味のある方はご覧ください(日本甲状腺学会において福島の甲状腺検査に関連して会員から理事会に要望書が提出されました|若年型甲状腺癌研究会 (jcjtc.org))。
上意下達の傾向が強い医学系の学会で一般会員が理事会に物申す、というのは前例のないことかと思います。有志の代表が、この要望書に関連して評議員会で発言しました。その要旨は以下の通りです。
1)福島で行われている甲状腺検査は、過剰診断などによりかえって子どもの健康を害し、子どもたちの人権を脅かしていると国内外から批判があるにも関わらず、学会が十分な議論もないまま全面的に検査への支持を宣言しているのは問題ではないか。
2)ここにいる評議員を含めた甲状腺の専門家がこの件について、見て見ぬふりをすることで、 原発事故で非常に困難な状況に置かれている福島の子どもたちを助けられたのに助けなかったことになってしまうが、それでいいのだろうか。
3)この問題を取り上げた漫画家の端野洋子さんの「内分泌科医の怖い話」が、一晩で200万以上のViewを得ている理由は、甲状腺の専門家がその役割を果たさず、見て見ぬふりをしていることを一般の方の多くが気づき始めているからでないか。
4)来年福島で開催される第68回甲状腺学会(志村部門長が会長)では、検査に反対してきた人や検査に懸念を持つ人の話を聞く機会を設けたらよいのではないか。
この要望書に対して、理事会からどのようなお返事、あるいは反応があるのかはとても重要です。なぜなら福島の甲状腺検査で生じている過剰診断の問題について、甲状腺の専門家の学術集団である日本甲状腺学会がどのようなスタンスを取るのかが問われているからです。
2. 「福島セッション」で甲状腺検査の責任者である志村部門長が、過剰診断も含め説明は行っていると発言されました。
日本甲状腺学会学術集会では、研究者や臨床家が自分の研究結果や臨床経験の治験を発表する一般演題の他に、主に演者を招請して行う特別講演やシンポジウム等があります。そのなかに「福島セッション」があります。学会がこのようなセッションを特別に設けて、福島の甲状腺検査について講演の場を設けること自体、学会の検査推進の姿勢を象徴しています。 この中で3題の講演がなされました。
甲状腺検査の責任者である志村部門長は、福島県「県民健康調査」甲状腺検査の現状と甲状腺結節・がんに関する知見と題して、検査で発見された甲状腺癌を含む甲状腺結節についての総括的な話をされました。特に新規に明らかになったことはありませんでしたが、一方で講演の中で気にかかる発言がありました。
検査の任意性と同意取得については、「過剰診断のリスクも含めてメリットとデメリットを事前に説明し、同意を得て検査を行っている」と発言されました。しかし、検査の対象者が「検査にデメリットがあることを知らない」ことは、論文や検討委員会などで、複数報告されています。(Young people's perspectives of thyroid cancer screening and its harms after the nuclear accident in Fukushima Prefecture: a questionnaire survey indicating opt-out screening strategy of the thyroid examination as an ethical issue.BMC Cancer. 2022 22:235. , note 第50回の「県民健康調査」検討委員会で報告されたアンケート調査の結果からわかること)
つまり、福島医大は検査の対象者がデメリットを知らないことを認識しているはずです。検査を行う側は説明したと主張したとしても、実際には不利益を認知せず検査に同意し、検査の不利益や害を受けたとしても、その責任は受診者にあると言っているように聞こえます。倫理的な手続きに問題がないことを強調し、責任回避的な態度であると感じました。さらに、過剰診断が非常に多く生じるため一般的には推奨されない検査ですので、「説明したから行ってもいい」ということにはならないでしょう。それこそが医の倫理の問題です。
福島の甲状腺検査は、このように対象者に検査の危険性を十分に説明していない、学校の授業中に半強制的に実施している、等、さまざまな問題を抱えており、医学研究の倫理規範であるヘルシンキ宣言に抵触しているのではないかということがずいぶん前から指摘されています。にもかかわらず、福島医大の倫理委員会はこの検査をヘルシンキ宣言に沿っていると判断して実施を承認しています。福島医大の先生方をはじめ、検査を実施している人たちがそのことを錦の御旗にしている現状も大きな問題です。
3. オンデマンド配信が予定されていた「福島セッション」ですが、突然、何の説明もなく配信されなくなりました。
今回の甲状腺学会では、あらかじめ学会員に対してオンデマンド配信が行われることが告知されていました。オンデマンド配信されるセッションは専門医セミナーなどに加えて福島セッションも配信されることが記載されていました。オンデマンド配信は学会後の10月16日から予定されていましたが、少し遅れて10月18日から配信されました。
福島セッションについては10月23日になって突然オンデマンド配信のサイトに、「福島セッションのオンデマンド配信はございません」と表示が出ました。なぜ予定されていた配信がなくなったのかについての説明はありません。このセッションのみ突然中止になったということは、当日演者の誰かがオープンにできない不都合な発言をしてしまったからではないか、という憶測が出てくることも否めません。学会は複数のセッションが別の会場で同時進行で進むため、オンデマンド配信がないプログラムを優先して聴講する人も多いですし、オンデマンド配信のみで学会参加をする人もいます。いずれも学会参加費を支払っているわけですので、配信予定であったものが中止になる際には、その理由を説明し、返金は難しくても謝罪があってしかるべきかと思います。