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"経済格差”のおかげで”男女格差”がなくなる? 〜共働き家庭を支えるミャンマー人家政婦

タイへの流入が進むミャンマー人出稼ぎ労働者の間で、比較的高給の職として女性に人気があるのはナニー(ベビーシッター)だ。ナニーを雇った経験のあるタイ在住の日本人女性は「ナニーがいるおかげで家に子どもを置いて外に出られる」と話す。家の外で働きたい女性と、その家の中で働く女性。経済格差を背景に、家事労働において女性の穴埋めが女性によって成り立っている。


タイでナニー制度が成立する背景

 タイは、家族経営の多さを背景として共働き率が高く、特に首都バンコクの共働き率は95%を超える(日本総合研究所2015年発表資料より)。ほぼ全ての既婚者が共働きであることになり、これは東京の54%と比較して極めて高い。さらに、日本では一般的な育休制度がタイにはなく、出産前後の90日のみの休業で仕事に復帰する。タイの親は生まれたばかりの子どもの世話と仕事の両立が求められるのだ。

 そんな親を助け、家事労働を担っているのがナニーだ。タイでは中流以上の家庭、割合でみると約半分ほどの家庭がナニーを雇った経験があるという。タイ在住の日本人女性は「ナニーなしではやっていけない。彼女のおかげで外へ出られる。」と話す。

高給取り?ナニーの仕事

 ナニーは雇い主の家で、住み込みまたは通いで乳幼児の世話を担当する。0~2歳の子供の世話が一般的だが、雇い主の信頼を得た場合、子供が大きくなってからも継続して教育を一任されることがある。後述する移民女性の稼ぎは月給2万5千バーツ。バンコクの最低賃金のおよそ3倍だ。隣国からの出稼ぎ労働者にとっては十分な稼ぎが期待できる仕事である。

ナニーの職につくミャンマーからの移民

 タイでナニーの職についているのは、隣国ミャンマーからの出稼ぎ労働者だ。タイへの移民労働者は不法移民の推計を含めると325万人で、タイの労働者の1割近くを占めるに至った(ILO2016年発表)。タイ在留女性のうち、家事手伝いの仕事に就くのが10%ほど。以前はタイ人がナニーを務めていたが、より低価格なミャンマー人移民に取って代わり、今ではタイ国内のナニーの50%がミャンマーからの出稼ぎ労働者である。

ナニーとして働く女性が語る

 ミャンマーからの移民で、バンコクでナニーとして働く女性2人に話を聞いた。1人目はカレン州出身のダアさん(40)。両親を養うお金を稼ぐために2005年にタイでナニーとして働き始めた。タイで出会い結婚したミャンマー人男性との間に二児を授かり一時帰国しながらも、妹に幼い子どもを預けて単身でタイに戻り、現在まで計12年ナニーを続けてきた。「生まれたばかりの自分の子どもを置いて、仕事で他人の子どもの面倒をみていた」と苦笑しながらも、「雇い主の子どもを自分の子どもと等しく愛している」と言う。現在3歳と6歳の娘たちを大学に行かせることを目指して、給与の半分を仕送りしている。

 2人目はシャン州タウンジー出身のポムさん(37)。2010年にバンコクに渡って以来9年間ナニーとして働いている。ミャンマーで教師をしていたが、ナニーの給与はその頃の3倍以上だ。11人兄弟の末っ子である彼女は給与のすべてをミャンマーにいる母と兄弟のもとへ仕送りしている。現在日本人女性の家庭に住み込みで働いており、「子どもたちは私のことを第二の母と慕ってくれている」と話す。

 2人とも雇い主家族と友好な関係を築き、待遇についてとても満足している。ナニーの仕事は子ども好きの出稼ぎ労働者にとって天職だ。

ナニー制度は女性にとってwin-win

 ナニーを雇う側の女性は、子育てを担うナニーのおかげで産後も仕事を続けることができる。ナニーを雇えるような上流階級ほど子ども1人あたりの教育費にお金がかかることを考えると、女性が働いているおかげでやっと子どもを育てられるという状況だ。

 一方、ナニーとして雇われる側の出稼ぎの女性は、家事を行うことで自国で稼ぐ2-3倍の給与を手にすることができる。自国に残した家族を養うためにはお金が必要だ。

 ナニー制度は、雇う側も雇われる側もどちらも経済的なインセンティブを持ったwin-winな関係であると言える。こうして、家事労働において女性の穴埋めが女性によって成り立っているのだ。

背景にあるのは経済格差!

 このナニー制度が成立するのは経済格差があるからだ。ナニーを雇う側と雇われる側に大きな経済格差がなければこの制度は成り立たない。この制度が成立するのは、ナニーのおかげで得た機会によって雇い主が稼ぐ収入が、雇い主がナニーに支払う給与より大きい場合のみである。つまり。雇う側の収入と雇われる側が満足する給与額に大きな開きがある場合でなければナニーの雇用は生じない。

 実際、タイの低所得者層ではナニー制度は受容されていない。ナニーを雇うのに十分な収入がないからだ。プラトゥーナムにあるショッピングモールで、ショップ店員15人にインタビューしたところ、15人全員がナニーを雇っていない/雇うつもりはないと答えた(筆者調べ)。ショップの求人を見ると給与は1日500バーツ。最低賃金は300バーツであるから、所得的には中間層以下と言えるだろう。ナニーに与える給与と自身の収入に大きな差がなければナニーを雇うことはできないのだ。

 現在GDP4552億ドルのタイと693億ドルのミャンマーの間には大きな経済格差が存在する(世界銀行2017年)。ナニー制度が成立するのは、タイの家庭とミャンマーの出稼ぎ労働者の間に大きな経済格差があるからである。

 では、経済格差を背景にナニーが存在するのは悪いことなのだろうか。経済格差と聞くと是正すべきことのように聞こえるが、個人の視点でみると必ずしも悪とは言えない。ここまで見てきた通り、ナニー制度は雇う側の女性の社会進出を後押しし、雇われる側の女性にとっても経済的チャンスとなる、双方に積極的な動機が成立する制度なのだ。

ナニー制度の持続への疑問

 ナニー制度が当事者たちにとってwin-winとはいえ、マクロにみると制度の持続について疑問が生じる。

まず1つは、根本となる経済格差が縮小した場合だ。雇う側と雇われる側の経済格差が小さくなってしまってはナニー制度は成立しない。実際、タイ人のナニーは雇う側のタイ人との格差が小さくなるにつれ、より格差の大きいミャンマー人に取って代わられた。今度ミャンマーや周辺諸国が発展し、タイとの経済格差が縮小すれば、タイへナニーとして出稼ぎに来る女性も減少するだろう。前出のポムさんは、「もしミャンマーが発展してタイを追い越したら、タイの女性がミャンマーでナニーをやることになるでしょうね」と笑っていた。

 もう1つは、家事労働についての規範の変化だ。ナニーは女性の職として確立しているが、「女性の穴埋めを女性がする」制度は、真の男女平等をもたらすとは言えない。ナニーを雇う側も雇われる側も、家事労働は女性の仕事だと固く信じている。ダアさんは「ナニーは女性しかあり得ない。そうでなければ雇い主の信頼を得られない」と話す。ナニー制度は共働きを促すという点において男女平等を助けるとはいえ、あくまでも家事労働は女性がやるべきという規範に依拠しているのだ。

 現時点では双方に経済的動機が成立しているとはいえ、ナニー制度には以上のような2つの疑義を呈したい。前出のナニー、ダアさんの「私自身はナニーの仕事にやりがいを感じているが、娘にはナニーになってほしくない」という言葉は、ナニー制度の持続について考えさせる。

家の外で働きたい女性と、お金のために他人の家の中で働く女性。タイの共働きに見られる男女格差是正は、ミャンマー人ナニーの存在、つまりタイとミャンマーの経済格差に支えられていた。

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この記事は2019年9月にタイバンコクで行なったインタビューをもとに書きました。

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