
Are you workee?
フライトクラブ (Flight Club)
スニーカー好きなら誰もが聞いたことがあるであろう、
おそらく世界でいちばん有名なスニーカーショップがある。
ニューヨークとロサンゼルス、マイアミに店舗を構え、
ニューヨークを本店としてリリース済みのモデルから最新のモデルまで何百足と取り扱っており、
その中にはバックトゥーザ・フューチャーで有名なAir Magや、
2012年リリースの伝説的なNBAオールスターゲームモデルであるエアフォームポジットワンのNRG Galaxy、
2014年にナイキからアディダスへという電撃的な移籍を果たしたカニエウェストとナイキのシグニチャーモデル、Air Yeezy1, 2、
根強い人気を誇るDunk SBシリーズのStaple、パリダンク、FLOM(For Love or Money)、
ドーレンベッカーのプロジェクトでリリースされたモデルなどなど、
リセル市場で規格外の金額で取引される錚々たるスニーカーのラインナップを取り揃える。
スニーカー好きなら一日中いても足りないくらいの品揃えだが、もちろん定価で買えるわけはなく、基本的にはすべてリセル価格だ。
そんなフライトクラブへはじめて訪れたのは21歳のとき、ぼくは大学生だった。
ニューヨーク。様々な人種の人々が行き交う街で、ホテルや食事などの物価、アメリカなのに露骨に冷たい態度のお姉さんなんかに驚きながら、ぼくはフライトクラブを目指した。
当時からスニーカーを眺め、新品のスニーカーの香りに心を満たされていたぼくにとって、フライトクラブは天国だった。
加水分解や汚れを防ぐためにラップでグルグル巻きにされ、空気に触れないよう工夫され陳列されたスニーカーという芸術作品の数々。
圧巻だった。
一日中過ごせる。スニーカーをつまみに一足一足について語り明かしたい。
そんなふうに考えながら壁一面に埋め尽くされた作品を眺め立ち尽くしていた。
そんなとき、ひとりの男性がぼくに話しかけてきた。
アーユーワーキー?
最初ぼくは聞き取れなかった。なんだろう。
そして聞き返して理解した。
Are you workee?
Do you guys have 9.5 for this shoes?
ここの店員?このサイズ欲しいんだけど。
読者のみなさん、ここがポイントである。
ぼくはゴリゴリのアジアンフェイス(どちらかというと東南アジア系)である。
そんなぼくがなんと、世界でナンバーワンの品揃えを誇るフライトクラブのスタッフに間違われたのだ。
聞いてきた男性客の目利き部分はどうだっていい。
そう勘違いする人がこの世に少なくともひとりはいる。それだけで十分である。
ぼくはとっさに答えた。
No, I'm not.
会話はそれだけだった。なんて味気ない会話。ニューヨーク。
しかしぼくには一生忘れないであろうエピソードができた。
そのとき履いていたのは何の変哲もないカラーリングのエアマックスワンだったが、ニューヨーカー(だったかも定かではないが)の目にそう映ったということが嬉しく、誇らしくもあった。
冷静に考えると客か店員かわからず声をかけてしまうというのは服屋や靴屋ではかなりのあるあるではあるが、異国の地、初めて訪れる場所でぼくは少し自信をつけた。
貧乏学生だったぼくは何も買えなかったが、思い出だけを胸にしまい、その光景を目に焼き付け、きっとまた来るよと心の中でフライトクラブに別れを告げて店を出た。
冷たく感じていたニューヨークの人や街の景色が
少しだけ明るくなった気がした。