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東京パラリンピックと障がい者

 きっかけは先輩ライターの脳出血だった。取材中に突然倒れて病院へ運ばれた。何とか一命をとりとめたが、右半身のマヒと言語障害が残った。その後、先輩のリハビリに何年も付き合っていくことになる。

 それから障がいが少しだけ身近になった。障がい者と親しく、障がい者についての著書もある友人からいろんなことを教えてもらった。「がい」をひらがなにするのは、その友人と決めたことだ。そして東京オリンピックと同じくらい、東京パラリンピックに興味がでてきた。そこで本を作ろうとなり、児童書の企画を出して、ある編集者が企画を通してくれたのだ。

パラリンピアンのギャラが高額になると聞かされて

 オリンピックに出た選手をオリンピアンと呼ぶように、パラリンピックに出た選手をパラリンピアンと呼ぶ。本番の3年くらい前からいろんなイベントでパラリンピアンをカメラマンとして取材・撮影した。メディアやファンに囲まれていて、フリーのライターやカメラマンは近寄りがたいオリンピアンに比べると、パラリンピアンは気さくに対応してくれた。もちろん、東京パラリンピックが近づいていたので、簡単にインタビューに応じますというわけにはいかず、ギャラも高額になると聞かされた選手もいたが、広報担当者の言い訳を聞くと、それも仕方がないのかもと思ったりした。

「選手たちは今しかないんです。普段は活動費にも事欠くし、練習場も満足に使えない選手もいます。海外遠征費もぎりぎりで、東京パラリンピックのおかげで今まで見向いてもくれなかった企業から、支援を受けられるようになったんです。それでもリオでメダルを取った選手の一部だけで、マイナーな競技は今も手弁当でやっていますよ」

 われわれは全くお金をかけられないが、テレビ局が日々の生活まで密着したいのならば、大きなイベントなどで観客とトークショーや競技のエキシビションをさせたいのならば、それなりにお金を払ってあげたほうがいいと思った。それでも我々のような取材者が、イベント会場などで取材の合間に声をかけたりすると、しっかりと話をしてくれた記憶がある。選手だけではない。各競技団体の広報(専属がいるところは少なく、一般企業の社員が兼務している団体もある)やパラ競技のOBで普及活動に励んでいる人たちは、総じて取材にはていねいに対応してくれた。

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スポーツ義足を付けてトラックを往復する体験者たち

「ギソクの図書館」を取材したときのこと。豊洲Brilliaランニングスタジアム内にあり、義足歩行者がスポーツ義足などを試せる場所だ。図書館というより、屋外型のトラック施設に併設した”義足センター”と思えばわかりやすい。この施設の取材に訪れた日に、テレビ局の特番に登場する小学生らしき少女が、スポーツ義足をつけて走るシーンを撮影しようとして、リハーサルに訪れていた。そこには義足装具士がいて、彼女の義足を付け替えては試してあげていた。そして細かく調整をしている。その横には今日開かれるスポーツ義足の体験会に訪れた男子小学生も、義足の付け替えを行っていた。日常つけている義足は脚の形を模したもので、靴も付いているものだった。その彼が付け替えているのは、太いばねがついたような、足というよりサイボーグのマシンのような形をしていた。彼は少し違和感があるようで、しきりに首をかしげながらおそるおそる歩き始める。その様子を見守っているお母さんをしり目に、義足装具士が彼に歩き方、そして走り方を教えていた。

 直後に行われた体験会ではその少女と少年だけでなく、10人以上の義足ランナーがいた。40代らしき年配の男女もいる。全員で丁寧な準備運動を終えると、参会者全員が順番にトラックの往復を繰り返す。しばらく一緒に往復した後、あとは自由にトラックを走ったり歩いたり。少年は施設の端っこに置いてあったバスケットボールのゴールポストに向かった。そして父親と弟と、バスケットボールのシュートを繰り返して遊んでいた。

 そうか。パラリンピアンが注目されたことで、こんな施設ができて、障がいを持つ人たちがスポーツを楽しめるようになるんだ! 今日参加した少女も少年も、トラックを本気で走ったことはあるのだろうか。もしかすると遊びでボールを触ったことはあるかもしれないが、競技としてボールをシュートする楽しさを覚えたのは初めてなのかもしれない。

競技会で闘う選手たちを見ていると

 競技会の取材もたくさん行った。どの取材でもパラリンピアンやその候補たちを撮影するのが目的なのだが、陸上や水泳などの個人競技では、イチ選手としてチェレンジしている人たちも多く見かけた。だれもが真剣に闘っていた。競技人口のせいもあるのかもしれないが、世界で闘う選手と同じレーンを走ったり泳いだりする場面もあり、タイムにかなり差がついてしまったこともあったけど、みんな真剣に闘っていた。パラリンピアンとして世界レベルを相手にする人もいれば、普段から競技を楽しみながらあわよくば日本一を狙ってやろうとする人もいれば、初めて義足を付けてスポーツとして楽しもうとする人もいる。甲子園とかサッカーの全国選手権とか高校ラグビーの花園大会とか高校総体とか、健常者のスポーツニュースをみると特別な人だけが脚光を浴びてしまい、普通に楽しんでいるスポーツという認識が持ちにくいけど、パラリンピックはまだ「普通の人が楽しめるスポーツ」なんだなと思えた。「障がい者が楽しめるスポーツ」ではない、「普通の人が楽しめるスポーツ」なのだ。実際に、健常者と障がい者が一緒に競技するパラリンピック種目もけっこうあるのだから。

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身の回りにいる障がい者をよく見てほしい

 来年は東京パラリンピックを応援しよう! なんてオチが常套手段なんだが、まずはチケットを買って生で見たりテレビで見たりするのは、やってみてもいいかなと思いませんか? いやそこまでいかなくても、パラリンピックが東京で開かれていることぐらいは知っておきましょう。できればどんな種目があるのかぐらいは調べてほしい。

 そして僕からもうひとつ。世の中には障がいを持つ人がいることを「見て」ほしいと思う。車イスに乗っている人だけでなく、白杖(はくじょう)をついて歩いている人、耳が聞こえない人、盲導犬と一緒に歩いている人、健常者に見えるけど体の内部に障がいがあってそれとわかるサインを身に着けている人。身近にそういう人がいることを認識できるようになると、パラリンピックという競技がすごくレベルの高いものだということがわかってくる。みんながオリンピックに出る選手を尊敬のまなざしで見ているように。

※児童向けですが、興味があればぜひ、ご一読ください。



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城 新一
雑誌業界で25年近く仕事してきました。書籍も10冊近く作りましたが、次の目標に向かって、幅広いネタを書きためています。面白いと思ったらスキをお願いします。