「約束」に恐怖を抱く優子さん
寝付けない夜や、どこかの帰りの電車、人を待つ時間に、よく頭の中に人物像が浮かび、気になって仕方がないことがあります。
だいたい、人混みに出掛けた後が多いです。
髪の長い、栗色の毛をした色白の優子さん。全体的に肌が乾燥しているように見えるし、胃腸が強くない人に見られる体格だなぁと思います。
ピンクの薄いウールのカーディガンに、オフホワイトのインナー。下半身はテーブルの下でよくわかりません。
憔悴しきった顔でテーブルに着くなり、下を向いたまま話し出します。どっから来たんだ優子さん。
「わたしは、わたしの元々もつ素質ほど、厄介なものってないです。
もう40にもなる1人の人間として、自分でもどうかと思います。でもここなら何を話しても良いと聞いたので…
わたし、新しい遠くの予定が入ること自体が、とても苦痛に感じます。それが遊びであっても、仕事であってもです。気が重たくなる理由は、わたしの中にあります。
予定はカレンダーに書いています。
なぜか、その予定を書いたマスだけが黒くなり、中には小さな人間が、密度いっぱいに込められているように見えます。
その人たちはそこでただ座って、その日を待っています。カレンダーの前を横切る時も、テレビを観ているときも、わたしにはそこに人がいる事を忘れられません。
それは実際に会う彼らでは、勿論ありません。
オリジナルの皮を被った黒いモヤなのです。ですが、本当にそこに人がいるように感じます。
わたしはその約束の日までずっとずっと彼らと一緒に過ごすのです。
わかりますか?
だって、そんなの、おかしいでしょう?
あなた、わからないでしょう?
わたしの言っていること、わかりますか?
あすみません。なんでもありません。そんなのわたしの期待値が大きいだけですよね…
、、、あの。
わたし。わたしは、、、あのマスの中に人たちを、良いように扱っています。ああもう泣きたい。わたしったら、どうしてそんなことを…。
でも仕方ないのです。それが私の出来る最大の、約束との付き合い方です…
わたしは対処療法を手に入れることに、正直に言って、必死です。お願いですから、わたしを変な目で見ないで…。
今日は全て言いたいの。わたしを見て。
わたしを見て。見られているわたしを、わたしにください。
こうして話してる間にも、わたしの輪郭が浮いてきているのを感じます。
ええですから、わたしには、全ての物が人に見えるのだと思います。ただ一つの予定さえも人格があると言って、信じてもらえますか?
そのキャラクターはもちろん、わたしの作り出したものです。ですが作り出したものが、勝手に生命体として動くから、わたしにはもう他人のようになってしまって、手を付けられなくて…。
だから、わたしはせめて、嬲ります。
良いように、言いたい放題に、しています。
そこで待つだけで、わたしを追い詰めることが出来ると、彼らには悪意があるのですから、仕方ありません。。
わたしは言います!
言ってやりますとも!
馬鹿にするなって。お前たちのためにその日を迎えるわけじゃないって!
そう吐くと、、わたし一瞬、我に帰ることができます。
ああそうだ、わたし、そんなことのために約束したわけじゃない。自分を追い詰めるために、約束をしたわけじゃないんだって。
それを何度も繰り返して、、、なのにその日になると、何故か、すっかりそんなことしてたなんて忘れてしまうのです。
そして何食わぬ顔で、人と会うのです。信じられません…
わたしの病はなんでしょうか。教えてください。」
優子さんはさめざめと泣きました。
わたしはただ彼女の話を聞くだけでしたが、彼女は日常の中で罪悪感と戦う時間が長く、何をしてなくとも、とても忙しいのでしょう。
肌の荒れ方を見ると、その忙しさが気の毒になります。
だけど当日になって、約束への息苦しさを忘れられるというのは、大したものだよね、と思います。
彼女の防衛本能と人間関係の保ち方のバランスは、絶妙な位置にあるように思うし、そのユニークさはそれほど長く苦しんだ証拠にも見えます。
真面目さが拍車をかけ、嬲るという技に着地した優子さんには、かなりの独創性と社会性があるんじゃないの?強くて優しいんじゃないの?
って言葉、届かないかなぁ届けたいなぁと思うと、ああ物語が書きたいなぁとまた思うわけです。