デジタル時代の公共を考える本棚:オススメ8冊(※洋書含む/5000字)
このnoteでよく取り上げる「デジタル技術を活用し、より良い社会運営・ガバナンスにアップデートする」というテーマ。
今回は私の本棚から、おすすめ8冊をご紹介します。いずれもKindleやWebサイトですぐ入手できますし、英文のものも比較的平易でさくさく読めますので、気になったらぜひ。
1.『ネット社会を生きる10か条』
ダグラス・ラシュコフ(ボイジャー)
デジタルテクノロジーは、私たちと世界や他者の関わり方をどう変えるのか。
いわゆるハウツー本とは全く異なり、私たちが普段当たり前に受け入れているデジタル時代ならではの本質的の変化を言語化した特異な本。日頃からデジタルに馴染みがある人こそ、読んでほしい。
10のテーマの中で、個人的なお気に入りは「3.選択(示された選択肢から選ばなくてもよい)」というパート。
例えばデジタル録音では、数値として計測された音の特性だけが考慮され、それ以外に拾われなかった音は、音源としてはこの世界から永遠に失われてしまいます。
記号的な言語で、この世界を人工的・不連続に分割し選択する、という行為。世界の一部分を安定的に固定するかわりに、他に存在する無限の可能性を消失させるというジレンマが生じます。
デジタル技術に限らず、あらゆる表現行為に存在する古典的なテーマかもしれませんが、これに対し「いつでも選択を保留する権利があるし、分類を拒否し選択肢のリストにないものを選ぶ自由がある」と論じる筆者の視点には唸らされます。
このあとご紹介する7冊の下敷きになるといっても良い本です。
2.『公共性 思考のフロンティア』
斎藤純一(岩波書店)
「国家や市民社会の役割」「社会的連帯」の変遷を見ながら、「公共圏」を今一度問い直す。
著者は早稲田政治経済の教授。20年前に著された作品だが、抽象度をあげて整理された硬派な議論が、コンパクトに頭に入る良い本。
「公共性」という概念の裏側には、公私の間の境界設定があります。
たとえば、「とある私的な不運」は、個人が耐え忍ぶべきものなのか、公共的な不正義なのか?
この定義はそのまま、その課題は個人や家族の自助によって充足されるべきものなのか、公共的な連帯で対応すべき権利なのか、という判断につながります。
では生きるために切実に必要だが、公共の力で強制的に実現することが難しいもの(愛情・友情・思いやりなど)は、どうなるのでしょうか?現代の福祉国家が「公共的」に対応しえないニーズをどうハンドルしていくのか、といった議論の整理は大変興味深いです。
さて、こちらが理論の本だといたら、次は現実社会での実践の本。
3.『NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方』
若林恵(日本経済新聞出版)
元WIRED編集長が、デジタル時代の政府と市民の関係性をどうアップデートすべきか、仮想対談形式で語る。
関連する歴史やアート、インタビューが散りばめられ、何度読んでも発見がある。オシャレな仕様なので、kindleでなく紙媒体で買うのがお勧め。
・財政制約で、リソースがどんどん限られる政府
・どんどん多様になる現代市民のニーズ
この二つの矛盾する課題にどう取り組むか。
60年代までの「大きな政府」、80年代以降の「小さな政府」、いずれも対応しえない状況を打破する新しい仕組みとして、デジタル時代だから可能になる「大きくて小さな政府」が提案されます。
何が大きくて、何が小さいのか。
【大きい政府】公共サービスへの参加ハードル・コストを下げて、市民や企業も参加できるようにするデジタル公共財を、政府が整備する。
【小さな政府】政府が手ずから、個別に補助金を出したり、個別産業や分野をガバナンスするモデルをやめる。
この大きくて小さな政府、ヨーロッパでも別のワーディングから注目が高まっています。それが次の一冊。
4.未邦訳『Digital Democracy -The tools transforming political engagement(デジタル民主主義 ー政治参加を促すツール)』
NESTA
英国イノベーション財団NESTAによるオシャレな報告書。デジタル民主主義といっても、いわゆる直接民主主義とは異なり、「集団知」を活用し、市民の参加を得ながら社会をより良くする手法にスポットをあてる。
世界の先進事例から得られた成功のポイント・課題等がふんだんでわかりやすい。
(報告書リンク:画像クリックで飛びます↓)
公共課題における「集団知(コレクティブインテリジェンス)」の活用は、最近アメリカやヨーロッパで関心が高まっています。要は多様な人々の知や判断力を使いながら、分散的に物事を解決するという考え方。
本書では、デジタルを使い、人とデータの掛け合わせによって集団知を活用するという試みを「デジタルデモクラシー」と定義づけられています。
フランス、スペイン、台湾、ブラジル等によるオンラインポータルを通じた取組の中で、得られたポイントは以下。公共分野に限らず、ビジネス一般の組織マネジメントに活用できることばかりです。
・参加者にステークを与え、
・参加者を早い段階でにエンゲージさせる
・参加者が効率的に参加するために、必要な情報を共有する
・参加者任せにせず、議論をモデレートする
ここまでがパブリックの観点とすれば、次の本では、デジタル時代の変化をマーケットの観点から捉えてみます。
5.『ネット興亡記 敗れざる者たち 』
杉本真司(日本経済新聞出版)
1980年代から2010年代までの日本市場でデジタル産業を担った人物と、iモードやメルカリ等のヒットサービスをオムニバス形式で追った大作。
時代背景、テクノロジー、マーケティング、キーマンの4つの掛け算で、新たなデジタルサービスがいかに社会に実装されるかをリアルに学べる。
先日、日本のデジタル産業・政策70年史についての記事を書きましたが、この際にも大いに参考にしました。
「デジタルテクノロジーが社会をどう変革するか」と言うアイデア・未来予測は、過去70年間で様々な人が提唱してきましたが、多くはいまだコンセプトで終わり実装には至っていません。
現在流行りのDXにおいても、デジタル導入自体が目的になったり、技術やインフラばかりにフォーカスして肝心の市場のニーズが疎かになることもしばしば。
今では絶対的な地位のプラットフォーマーが、トップランナーとして日本市場でいかにユーザーを確保していったのか、リアルな苦労と成功のカギがわかります。
それぞれのキーマンの物語を読んだ次は、こうしたマーケットの動きを批判的・怜悧に分析した一冊。
6.未邦訳『Amazon’s Antitrust Paradox(アマゾンの独禁法パラドックス)』
リーナ・カーン(Yale Law Journal)
2020年秋、米国司法省が独禁法違反でGoogleを訴えた際に注目された新進気鋭の法学者の論文。
独占問題について経済学思想の変遷とともに、Amazonの支配的構造を具体的に分析した内容は、デジタルプラットフォーマーと社会の関係性についてよりゼネラルな視点を与えてくれる。
独占問題は、伝統的に様々な市場で発生してきました。
しかし、巨大プラットフォームとそこから得られるリアルタイムデータが可能にする独占企業の戦略は、デジタル時代ならではの課題を生み出しています。
(例)
・テーラードプライシング(顧客によって異なる価格を設定する設定)
・人気商品の価格を安くし、Amazon全体での損失回収(ex. ベストセラーのKindle価格を安くし、競合書店から顧客を奪う水平統合戦略)
・アマゾンマーケットプレイス上での競合他社のデータ収集(プラットフォーム上の商品の売上データは、新商品の発掘や、他社商品で販売テストとして役立ち、Amazonオリジナル商品の売上げを伸ばす)
プラットフォーマーは、個人や小規模事業者の市場アクセスを可能にする「エンパワーメント」でもあり、優越的地位を乱用しかねない「独占企業」でもある。社会と政府がいかに彼らと付き合うべきか、示唆をくれる論文です。
さて最後に、コロナ禍とグレート・デバイド時代の現代の、政府システムの話です。
7.『日本の統治構造 官僚内閣制から議院内閣制』
飯尾 潤(中公新書)
政府によるガバナンスの仕組みに対し、人々の信頼がことごとく失われれた2021年の日本。
戦後日本独特の政治システムと官僚制のバランス、ガバナンス構造を緻密に俯瞰し、この一冊で事足りるといっても過言ではない良書。
のぞましい政策が実現されるには、適切な政府構造(ガバナンスモデル)とは何なのか。
既に紹介した「大きくて小さな政府」とあわせて、間接民主主義(政治家・官僚システム)は、社会運営の両輪として引き続き不可欠でしょう。
本書では、現在の日本のガバナンスモデルの分析を通じ、政府・与党二元体制、政治と官僚の混然一体という特徴により、権力の核が曖昧になり、問題の全体的な方向性の判断が難しいと指摘します。
また、もともと資格任用を通じた社会運営の民主化(国民の政治参加)として始まった官僚制度までも、今では政治と同じく特権視されるようになったことも、主役である人々が社会から疎外されているという問題を生み出しているのかもしれません。
こうした、社会システムそのものの「トラスト」というテーマで論じるのが、最後の本です。
8.未邦訳『Trust: America's Best Chance(信頼:米国のベストチャンス)』
ピート・ブディジェッジ(John Murray )
2020年の米国大統領選の民主党候補者ブディジェッジ氏が、「信頼(トラスト)」とは何か、トラストが失われた中で、社会システムにどうこれを回復するかを論じる。
システム自体への見直しではなく、システムのトラスト回復が、今日本に一番求められているのかもしれない。
GDPとソーシャルトラスト(社会に対する信頼の程度)は強く相関していると言われます。
政府や社会システムを信頼できなければ、人々は常にコストをかけて政府に疑念を持ち続け、支払っているプレミアム(税金)への納得感もありません。今の日本の社会運営は、極限まで薄氷の上にあると言えます。
ブディジェッジ氏は、「トラストの本質は、自分自身ですべてを確認しきれないことについて、誰かに授権することである」と指摘します。
確かに、間接民主主義も、官僚制も、忙しい国民が全てを自分でハンドルできないために編み出された効率的かつベストな仕組みでもあります。
こうした中で、文中では「皆がたとえわざわざ情報開示の内容をチェックしなくても、いつでもチェック可能である」と言った透明性の確保を、信頼できる社会システムの一例として挙げられています。
トラストが確保される仕組みについて、考えさせられる一冊です。
おわりに
いかがでしたでしょうか。
ここまで、デジタルテクノロジーが世界にもたらす変化、公共と市場の動き、現代のガバナンスモデルまで、一緒に読むとシナジーが高まる8冊をご紹介いたしました。
このような形で、自分の思考を形作る材料の一部を整理してみるのは、面白い作業ですね。
今回はご紹介しませんでしたが、同じテーマで日本の役所が出した報告書の内容をまとめた記事もありますので、ご興味があれば。
また、私の本棚が気になった方はぜひ、デジタル時代の政府と人々の関係性や、デジタル産業史をまとめた記事のほうものぞいて行っていただければ嬉しいです!
https://note.com/mkeishin/n/nde956a7de46d