真夜中の油を燃やして〜Nine Inch Nails『Ghosts V: Together』&『Ghosts VI: Locusts』
突如リリースされたナイン・インチ・ネイルズの新作2枚、作品と共に寄せられたトレント・レズナーとアッティカス・ロスのコメントを読み解くに、新型コロナウイルスによる自宅待機や外出自粛を受け、2人もその時間を同作の制作・完成に費やしたという。
さっそく2枚のアルバムについて触れるのもいいが、まずは「おかしな時代になったものだ...」(WEIRD TIMES INDEED…)と始まる2人のコメントに注目したい。主にトレントが綴ったであろうこの文章で、2人は以下のように言及している。
音楽は―聴いたり、考えたり作ったりしていても―良いことも悪いことも、何かを乗り越えるための助けになってきた。僕らはそのことを念頭に置き、真夜中の油を燃やし、正気を保つための手段として2枚の新しい『Ghosts』(レコード)を完成させるようと決めたんだ。
世界を取り巻く現状を飲み込んだ上で、立ち止まるのではなく「進む方法」を導き出す.....いや、おそらく2人は飲み込んではいない、というかこの状況を飲み込むことなど「できなかった」のだろう。そのフラストレーションは“真夜中の油”となり『Together』、『Locusts』を完成させるに至った。また、コメントでは2枚のアルバムについて「物事が全てうまくいくように見える時のためのもの」=『Together』、「君自身で理解してほしい」=『Locusts』とある。ボーカルなし、すべてインスト曲で構成された2枚のアルバムは、近年2人が手掛ける劇伴同様、まるで「2020年」と題した脚本のために書き下ろされたサウンドトラックのようだ。不穏でありながら優美で、絶望のなかを彷徨いながらあてもなく希望を探す――無闇に大丈夫だと言わず、あがき抗い、醜態を晒してでも足跡を残す、ナイン・インチ・ネイルズの姿勢は、唐突に発表された2枚のアルバムでも変わらず貫かれている。
2枚のアルバムはナイン・インチ・ネイルズの公式サイトで無料でダウンロードできる。そんな誰もが音源ファイルまで手にすることができる作品で、唯一エキサイティングな展開が含まれた10分を超える「Still Right Here」が『Together』の締め括りというのも興味深い。太いギターが徐々にビートの渦へと吸収され、どこかサイレンのようなサウンドへと変化していく。完全に曲が終わったのちの数十秒の無音もまた、映画のエンドロール後の余韻と似た気持ちをリスナーに抱かせる。これまで、ナイン・インチ・ネイルズとトレント&アッティカス名義でのトラックメイクにおいて、特別な区切りは設けずとも、パッケージされる箱の違いで異なるメソッドを用いていたであろう2人。だが、このグループ名義での2枚のアルバムにおいては映像的なアプローチ、すなわち2人名義でのアプローチが導入されたことで、ナイン・インチ・ネイルズ=トレント&アッティカスがシームレスに繋がったとも感じることができる。
DCコミックス原作の米HBO®によるSFアクション・ドラマ『ウォッチメン』のスコア(しかもVol.1〜3と計3枚分)、トレントが自ら希望しサントラを手掛けたA24製作による映画『ウェイブス』など、とにかくここ数年、世界規模で高い評価を得ている映像コンテンツに名を連ねている2人(実際は2000年代からずっとだ)。いまそれらの方法論を用いてナイン・インチ・ネイルズの名の下、『Ghosts』シリーズの新作を世に放ったことで、1年後、早ければ2020年後半にでも「(2枚のアルバムは)時代を物語っていた」と言い例えられているはずだ。
ちなみに、トレントとアッティカスのコメントには、しっかりとファンへ向けた温かいメッセージも記されている。この言葉を抱き、2枚のアルバムを聴きながら今日も家にいようと思う。
音楽は、いつも世界での孤独感を少し和らげてくれる...うまくいけば君たちもそうなってくれたら嬉しい。覚えておいてくれ、皆一緒となってここにいる、そしてこの状況も過ぎ去るはずだから。