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ネタバレ容認派
ぼくが最近ツイッターをうろついていたらネタバレに親を殺されてしまった人を見かけました。
悪いがこの漫画を見てくれ pic.twitter.com/oOkjtGJYlG
— ⭐1億年惑星⭐健全単行本発売中 (@sleepfool) October 20, 2020
このツイート主の主張は至極真っ当だと理解できます。
何年も楽しみにしていた作品がネタバレによって壊されてしまう。
これはネタバレに限った話ではないと思いますが、年単位で期待している物が突如崩れてしまうと深刻なダメージを心に受けることになります。
ぼくはネタバレを嫌悪していません。
ええ、ネタバレ容認派です。
世間では往々にしてネタバレを断固として許さない風潮があり、そういった意見ばかり発信されます。別にネタバレされても良い人間はいるんだよとこっちもアピールしていきます。
ちなみにどこまでが”ネタバレ”の基準に引っかかるか、についての議論はひとまず置いておきます。ここを細かく精査していくと、極論「この映画のラストシーンがマジで面白かった」すらネタバレ認定されていきますからね。
・その作品への安心感が生まれる。
「主人公AとヒロインCが最終的に結ばれる」だとか「○○と△△がXXXするシーンが最高」類のネタバレの類がありますよね。
個人的にはこういうものを見てしまったとしても許せます。
「実はこの作品は敵勢力がXXXではなく人間の●●」系のネタバレであっても程度はありますが、視聴する際には「そういう作品の仕掛けならどういう伏線がこれから張り巡らされていくんだ?」とメタ的な視点で観られますから。
・逆にネタが分かったことで期待できる。
作品でどういうことが発生するのか分かっていたとしても、面白い作品には違いないんですよね。魔法少女まどか☆マギカの3話でマミさんが敵に食われることが分かったことでむしろ話題を呼んで視聴を喚起したように。
『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』という映画に「何が起こるか分かっていても楽しいものは楽しい」というセリフがありますが、まさにそれだなと納得してしまいました。
じゃあ2週目のアニメは既にネタが割れてるのになぜ観るの?と問われればこの理論が成立するからです。
コードギアスもヒカルの碁もスラムダンクもHUNTER×HUNTERもデスノートも全部面白さが保証されてるから何度も観返すだけの力がありますね。
・結論
ネタバレ、大丈夫です。
嫌な人の前ではしないようにします。
それじゃ、また明日。