転生したら「女神様」のパシりだった件 その九
イベントの観客席に書類が回される。
ステージが暗くなり、ややあってピンスポットの下、姫草が高らかに歌う。
暗がりの中、信者達はろくろく契約書も読ませて貰えず、サインさせられている。
こうしたやり方が古いのだ。
十年前なら、大学キャンパスやお見合いアプリなんかで声をかけて、会社が経営しているカフェや居酒屋に連れていく。
一見、普通の店だが、働いているスタッフも飲み食いしている客も、全員、会社の人間だ。
そこで少し階級が上の会員を複数人寄越して、説得しサインをさせる。勧誘したその日に、契約させるのを「クロージング」と呼ぶが、これはそこそこトークが上手い人間でないといけない。
交遊関係が広いとは言えない中高年の主婦は普通、一般会員には誘わない。勧誘が難しいだけではないからだ。
全く、姫草のブレーンは年寄りなだけでなく、知識がバブル時代で止まっている、と私は呆れた。
その副作用は、翌日に表れた。
「スターターキット」の契約をしたのは十八人。
その半分が、ローンが通らないと連絡が来た。たった三十万円と姫草は思っていたようだが、主婦には三十万円のローンを通すのも厳しくなっているのが昨今だ。
残りの半分は、クーリングオフの書面が来た。
クーリングオフのテンプレ書類が、各郵便局にあるくらい、解約が簡単になっている。
契約書を見た家族がそうさせたのか、一晩明けて、本人が後悔したのかだろう。
イマドキの勧誘の方法は違う。
まずは「インフルエンサー」を用意する。
若くて、そこそこ整ったルックスの持ち主でなくてはいけない。そして、金を持っているかのように「ブランディング」する。ハイブランドでも若者向けの服、高級腕時計、アクセサリーは借りる。
SNSのフォロワーも買う。そのSNSで、ネットショップ用のギフト券や、ゲーム機をばら蒔く。実際には、「ばら蒔いているフリ」をする。ギフト券は使用済みの物と使用済みの台紙、ゲーム機は空箱でいい。
「当たりました!ありがとう!」
とサクラにコメントさせる。
オフ会やイベントを開催し、そこから契約に誘導する。
佐伯は聞いてきた。
「あなたは契約しないの?」
「百万払うから、この『プラチナ会員』から始めさせて貰えませんか?」
「…………恐ろしい事を考える」
と佐伯は苦笑した。
一般会員が、他のカモを勧誘する。売り上げの5%が入る。五人なら25%だ。勧誘に成功したら「シルバー会員」になる。
「シルバー会員」の下のカモが更に五人、勧誘に成功すれば「ゴールド会員」になれる。さらに「プラチナ会員」になる。そこから上は「マネージャー」「エリア・マネージャー」と中間管理職に近くなっていく。
こうしたピラミッドでは、末端から始めるのは意味がないと言っていい。中間から始めると、マメに勧誘しなくてもいいし、勝手にアガリが入ってくる。末端から始めて成功するのは、優良な顧客見込みのある「カモ・リスト」を持っていて、なおかつ勧誘が上手い人間だけだ。そんな人間は、こんな物に引っ掛からない。
末端から始めて失敗する理由は、勧誘の後で何回かは飲み食いさせなければならないからだ。相手がグループだと、散々、金を使わされて逃げられてしまう。
そして思うように勧誘が上手く行かないと、やがて「自爆」をするようになる。
「自爆」とは、自分が契約金を払って、相手に名前だけ契約してもらう行為の事だ。生命保険のセールスが、これでよく失敗する。
気付くと子会員が出来ても、何故か自分は借金まみれになっている。
一軒家に高齢者を集めて、最初はティッシュペーパーや玉子のパックを気前よくプレゼントし、徐々に、羽毛布団や磁気ネックレスを売る「催眠商法」「パーティー商法」も、古くなりつつある。
金を持っていて、自力で会場へ来れる体力のある年寄りが減っているからだ。
「優良なカモ・リスト」は…………と考えが広がる所で御殿の奥から、姫草の金切り声が聞こえた。
契約者の全員が、契約不履行になれば八つ当たりもしたくなるだろう。
ここで姫草は一番の愚行を労した。
「一セット三十万円」のスターター・キットの中身を変えた。
そして、一万円で売った。
これが、ボヤになり、やがて、大火事になる。
続く