転生したら「女神様」のパシりだった件 その十四
あれから一年後。
私は再び、島に来ていた。
小説を書くために、「おかいこ様」の本殿を見たい、それから、古い文献があるなら見せて欲しいと、椿寺にお願いしたら許可が出た。
姫草はあれから、破産宣告するしかなかったようだ。
何も残らなかったらしい。
御殿もグッズも、買い漁っていたブランド品も。
あの後、七年祭りは荘厳に執り行われ、そこで住職の息子と、縁戚の若い女性が結婚を報告した。
何の事はない。
もうずっと前から、後継者の妻は決まっていたのだ。姫草は最初から相手にされていなかった。
なのに、自分にもワンチャンあると勝手に期待していた姫草も憐れと言えば憐れ。
椿寺に身を寄せて、本殿の管理人をしていると、最初はブログで誇らしく書いていた。
そして、しばらくは起業資金を募っていた。
やがて、着ているワンピースは薄汚れ、ヨレヨレになり、袖口は綻びが出来ている写真がSNSで広まり、起業の話はどこかに消えた。
ブログの更新も止まり、スマホやパソコンを取り上げられたのだろうと、私は思った。
持っていた私物もかなり、処分させられたらしいからだ。
島に着いた最初の日、島では大きめのリカーショップの前で、店員らしき人に姫草がクドクド言われているのを見かけた。
「こんな泥だらけの空き瓶、こんなに持って来られてもこまるんだよねぇ。普通は洗ってくるモンだよ」
何故か空き瓶拾いで小銭を得ているらしい。
薄ら汚れたワンピースに、日焼けして色変わりしているボンネット型の帽子が、姫草の最後まで、女神であろうとする矜持を表しているように見えた。
いくらか小銭を貰って、姫草はぼんやりとコンビニに入り、すぐに出てきた。コンビニの小さい袋から察して、少しだけ買い物をしたのだろう。
私には気付かず、やはり、ぼんやりと海の方へと歩いて行った。
旅館に泊まり、翌朝、椿寺の住職に挨拶した。
「おしら様、『おかいこ様』のこの辺での呼び方なんだけど、文献は寺にたくさんあるから、お好きに見ていって下さい」
と本尊に案内された。
小さいが、橋がつくられていて、満ち潮でも渡れるようになっていた。
本尊のある小さな島は洞窟になっていて、満ち潮でも海水が入らないよう、勾配があった。
その少し奥に、小さなプレハブの小屋があった。
のぞくと、ポットやカセットコンロに鍋、古い雑誌に少しの洋服と古そうな布団が見えた。
姫草は、「管理人」とは名ばかりで、こんな小屋に住んでいるのだ。
合板の張り子みたいな家とは言え、豪奢に見えた屋敷に居た時とは雲泥の差だった。
食事もここでしているらしい。
小屋の中は乱雑、の一言だった。
真夏でも、ジメジメと暗い洞窟で、ただ、生きているだけなのだろう。
奥には神殿らしく、何枚も紫や白の布が掛かっていて、板張りの床が見えた。
さらに、その奥には何重にも布が掛かり、よくは見えない。
その布が割れるように開いて、フラフラと、姫草が出てきた。
顔色が悪く、体全体も土気色をしていて、以前より病的な痩せ方をしている。
リカーショップの前でも思ったが、ほんの一年で十歳以上も老けたかのようだった。
「た、た、助けて」
言い終わる前に、真っ白いが筋肉質な腕が伸びてきて、姫草の足首を掴むと、容赦なく引き倒した。
ズルズルと奥へ引っ張られていきながら、助けて、助けてとか細い声で叫んでいる。
奥から声がした。
「出掛けちゃダメだって、言ったでしょ?」
「お、お菓子が、どうしても食べたくて」
「三度の食事が出るだけ、ありがたいよ?
さあ、こっちも空腹なんだ」
この声は。
ーー佐伯の声だ。
ややあって、小さな悲鳴。
そして、何かを啜る音。
風が吹き込んで、奥が見えた。
白い着物を着た佐伯らしき男が、姫草の喉に噛みつき、血を啜っている。
それぞれの目の下に、三つの口。合計六つの口が肩に近い部分を噛み、食んでいる。
何となくだが、補食すらも官能的だ。
「ああ、不平不満と自己顕示欲にまみれた血は旨いね」
不思議と、驚きも恐怖もわいて来なかった。
どこかで分かっていたのだろう。
彼が妖かしに近い存在なのを。
七年祭りの贄として、姫草は生きながら食われ続ける役目を押し付けられたのだろうか。
吹き流しの布は、まるで鉄の扉が閉まるように、固く閉じて、もう動かなかった。
寺の文献を見ると、「おしら様」は、この島の危機を何度も救って来たらしい。
蚕には幾種類もある。
しかし、ほとんどは桑の葉を食べさせられ、繭を作り、中でサナギになるだけだ。
茹でられ、繭を取られ絹糸になる。
家畜化された蚕は、自力で飛ぶ事も出来ない。
不幸にはまり、カルトや変なビジネスにハマり、搾取され続ける人間がいるが、それと似ている。
姫草にハマっていた時の私は、洗脳されているのに近かったのだ。それが解けたから、今の、本来の私が現れた。
それは私だけの力では無理だったのかもしれない。
姫草は自身の不幸を呪って、それを見返すために、欲望に忠実に生きた。
繭を奪われて、これから先、どうなるのかは分からない。
椿寺の本尊は、島の危機を救うために、人の形と能力を発現し、代わりに贄を貰ったのだ。
次の七年祭りまでは、生きた贄を殺さないように、用心深く食べ続けるのだろうか。
繭を取られるためだけに飼われる、蚕のような人間が、いなくなる事はない。
けれど、と私は思う。
蚕の中には、希に、自力で飛べるものがいる。
終