徒歩5分、韓国料理屋
私がティーンエイジャーだった頃の数年、実家から徒歩5分のところにアットホームな韓国料理屋さんがあった。
大学生の息子がいる韓国人のママが、ひとりで切り盛りしている店で、おめかししたトイプードルが看板犬として店内を闊歩していた。オレンジの裸電球の灯りが、店内を赤くオシャレに染めていて、当時、日本ではチャン・グンソクが大人気だったので、店内には彼のマッコリのCMのポスターがいくつか貼ってあった。
行くのはもっぱら母とで、父の仕事が遅いときや、そうでないときでも、気分でたまに行くことがあった。当時の韓国ブームに、なんとなく乗っかっていたにわかな親子は、新大久保にも小観光気分でキムチやパックを度々買いに行くほど、それなりに韓国料理が好きだったので、徒歩5分で、本場のチヂミやキンパやビビンバが食べられるのは楽しかった。
店主のママは、韓国ドラマに出てきそうな、お肌がツヤツヤで、茶髪をひとつにまとめた、小柄な美人でパワフルな人だった。
たまに、大学生の息子はふらっと店にやってきて、ママと少し話すとすぐにまたふらっと出て行った。前髪であまり顔は見えないけれど、彼はすらっと背が高いのでロングコートを着こなしていて、イケメン風だった。
なんとなくだけれど、ママがこの土地に突然現れた人だということは分かったし、自らシングルマザーであることを公表していた。日本語が上手で、お客さんと気さくに話しながらも、その小さな手はテキパキと、次々に料理をこなしていく。そこには、私にでも分かるステキな空気があった。人々と料理の熱気と、キムチやコチュジャンのホットなにおいは、昔からこの店がここにあるみたいだった。
しかし、店はあるとき突然に閉店した。しばらくして隣の地区のホームセンターで、ママが静かに働いているのを見かけた。ママは緑のエプロンよりも、赤い空間に包まれて、少し熱った頬でいるほうが似合っているのにと勝手に思った。