クリームソーダ
「クリームソーダを知っているかい?」
純喫茶の窓辺。そこから差し込む陽の光が煙に撒かれ、彼女の頭上にヴェールをかける。神秘性、それに比例して上がる心拍。彼女はそんな俺を笑うかのように、頬をつきながら鼻を高めた。
「なんだそりゃ。何かのとんちか?」
「一般教養の話だよ。で、どうだい? 答えてみなよ」
「あぁもちろん。答えてやるとも」
『クリームソーダとは』俺は百科事典を引用するように、単純かつ正確にこう答える。クリームソーダはメロンソーダにアイスクリームが乗ったものだと。さらに俺は、気を利かせてこう付け加えた。
「さらにそこに乗るアイスクリームは、バニラアイスでなければならない。緑と白。双方の調和が合わさってこそのクリームソーダなのだ」
その回答に対して、彼女の点数はこうである。
「70点」
なるほど、実に気持ちいいであろうしたり顔だ。
「甘いなぁ君は。それだとクリームソーダは緑と白だったらいいわけだ」
「違うのかよ」
「違わないさ。だが、それではクリームソーダを理解したとは言えない」
そして彼女は、クリームソーダの格について話を始める。
「まず最低なクリームソーダは解るな? 自販機で売っている80円のやつ」
「確かに、あれは最悪だな」
「その次からはちょっと複雑になる。クリームとソーダで格が分かれるからね」
曰く、クリームの方は簡単らしい。一般的な食品法に照らし合わせた、ラクトアイス、アイスミルク、アイスクリームの三種。もちろん、後ろの方が格上だ。
「で、ソーダの方には甘味、色味、メロン味で評価される」
「なるほど。その三つが高いほど良いわけか」
「いや、メロン味は邪魔だからない方がいい」
「おい」
それはおかしいと、俺は口を開けずにはいられない。何故ならメロンソーダは『メロン』の『ソーダ』だ。そこにメロンが必要でないのなら、それはただのソーダでいいはずだ。
「やれやれ、君は何も分かっていないな」
「なんだと」
「考えてみてくれよ。メロンソーダにメロンが入っているのかい?」
「ないな」
「そう、メロンソーダにはメロンが入っていないんだ。つまり、あの風味は偽物の風味。そんなものは、クリームソーダには必要ない」
メロンソーダの格とは、甘さと美しい緑だと彼女は言葉を続ける。
「結論を言うよ。甘い緑の砂糖汁を炭酸で薄めたソーダ、それにスーパーで買った500円ぐらいのアイスクリームを乗っけたのが一番美味い」
「それが最高のクリームソーダか」
「いや、まだ足りない。君は最高のシャツに、最高のジャケットを揃えただけで満足する男なのか?」
「……?」
「すぐに解るよ」
その時俺と彼女、二人の間にエプロンを纏う老婆の姿。俺にはアメリカン、彼女にはもちろんクリームソーダが――
そして俺は理解した。彼女が言う、クリームソーダの完成形を。
「これから末永く頼むよ、ダーリン」
彼女はその上に咲くサクランボを摘まみ上げ、俺の口元へと運ぶのだった。