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Onomatopoeia(西村曜)

 おはようございます。西村です。前回の日記の記述(短歌や短歌の文章は深夜のふとんのなかで書く)に反して、朝にこちらを書いています。しかしおふとんのうえではあります。二巡目のテーマは「雨の言葉」。御糸さんの日記を読むまで「にわか雨」の「にわか」と新規ファン・初心者の意の「にわか」はわたしのなかでリンクしていなくて、おお「にわか」って「にわか」じゃん!(?)となりました。にわか雨のそれだとおもうとたしかにちょっとかわいいです「にわか」。

 そんなわたしもにわかにハマっているものがありまして、それは絵本です。わたしには身近な子どもの知り合いもいないので、じぶんが読むためだけに買ったり借りたり、こつこつと読んでいます。さいきん買ったものをあげると高野文子『しきぶとんさん かけぶとんさん まくらさん』(福音館書店)、フィービとセルビ・ウォージントン・まさきるりこ訳『パンやのくまさん』(福音館書店)、かこさとし『からすのパンやさん』『からすのおかしやさん』(偕成社)などなど。いまの時期にぴったりだと読み返したのは岩崎ちひろ・武市八十雄『あめのひのおるすばん』(至光社)です。

 『あめのひのおるすばん』はタイトルのとおり、ちいさな子が雨の日にお留守番をするだけのおはなしです。岩崎ちひろの絵はどこまでもやさしく、しかしさびしく「おるすばん」という一大事に直面した子どものこころの陰影をうつくしく描いています。

 ところで『あめのひのおるすばん』はこれまたタイトルどおり雨の日のはなしなのですが、雨に関する記述は絵本のなかにたった二箇所だけ「あまだれも うたってる」「おはなが ぬれて なんだか ふしぎ」とあるきりです。絵本にわか勢のわたしは、ここに引っかかりました。雨がタイトルにある絵本なら、もっと雨の記述があるものなんじゃないか。それこそ、雨のオノマトペとかじゃぶじゃぶ使って、雨を描写するものなんじゃないか、と。

 ということで図書館で「雨」とタイトルにある絵本をたくさん借りてきました。順番に読んでいきます。まずユリー・シュルヴィッツ・矢川澄子訳『あめのひ』(福音館書店)。そのものずばりのタイトルです。街に雨が降り、野山にも降り、水の流れはやがて海へ……というおはなしで「ぴしゃぴしゃ」からはじまり「ばらばら」「ざあざあ」と雨のオノマトペが並びます。雨の絵本の王道ど真ん中です。にわかの印象なので信憑性はありませんが……。

 つぎに松谷みよ子・中谷千代子『復刻版ちいさいモモちゃん3 あめこんこん』(講談社)。傘と長靴を買ってもらったモモちゃんがお庭で「あめふりごっこ」をするおはなしです。そのうちにほんとうの雨が降り出して「ポツン ポツン」から「ザーザー」「ピチャピチャ」、モモちゃんたちはそのなかを「ペチャペチャ」歩きまわると、こちらもオノマトペのオンパレードでした。

 竹下文子・鈴木まもる『あめのさんぽ』(リブロポート)は、子どもとお父さんが雨のなかさんぽをするおはなし。「しょぽしょぽ しょぽしょぽ」と雨が降る音、「ぱらん ぽろん ててん ぱたん」と傘のうえに跳ねる音、「ぴしゃぴしゃ ぱしゃぱしゃ」と水たまりを進む音……。やはり雨の絵本と雨のオノマトペは切っても切り離せないのではないでしょうか、にわかの意見ですが……。

 こりすたちの雨やどりを描いた、いわむらかずお『ゆうだちのともだち』(至光社)は、夏の午後のとつぜんの夕立を扱っており上記三冊の雨とは異なりますが、雨がうなる「ざおー ざおー」、かみなりの「ごろごろ ごろごろごろ」、降り終わって草の葉からしずくが落ちる「ぽと ぽと」など多彩なオノマトペが出てきます。となると、やはり『あめのひのおるすばん』は雨の絵本としては異色なのではないでしょうか。

 とおもっていたら安房直子・葉祥明『あめのひのトランペット』(金の星社)に行き当たりました。くまの楽器屋さんでおとこのこがトランペットを買い、そのトランペットを吹くと雨つづきだった空があかるくなって……というおはなしです。この絵本には雨のオノマトペは出てきません。出てくるのは「プオー プオー プ・プ・プ・プ・プ」というトランペットの音です。

 じつは『あめのひのおるすばん』にも一箇所だけオノマトペは出てきます。それはお留守番中に誰からのものかわからない電話が鳴る「びりりん びりりん」というものです。『あめのひのトランペット』のトランペットの音、『あめのひのおるすばん』の電話の音、そして他の雨の絵本の種々の雨のオノマトペ。これらを比較して、絵本にわかがにわかなりに出した結論は「オノマトペとは異物のための言葉」というものです。

 『あめのひ』『復刻版ちいさいモモちゃん3 あめこんこん』『あめのさんぽ』また『ゆうだちのともだち』で描かれている雨は、異物としての雨です。『あめのひ』の街に降り出し海へと至る雨。『……あめこんこん』のごっこ遊びをしていたらほんとうに降ってきた雨。『あめのさんぽ』では「あめの さんぽって、はじめてだね、おとうさん」と男の子が言う場面があります。『ゆうだちのともだち』の襲いくる夕立も、常態に突如現れる異物であり、異物を描写するためにはその生々しい音をデフォルメして差し出すオノマトペを多用する必要があるのではないでしょうか。対して『あめのひのトランペット』内での異物はトランペットです。『あめのひのトランペット』では雨が常態であり、雨を打ち払う異物としてのトランペットの音がオノマトペで表されます。

 『あめのひのおるすばん』では、電話がほかのモチーフより重きを置いた物として扱われています。電話の音はお留守番中に外界から入ってきた異物であり、ゆえに「びりりん びりりん」のオノマトペで表されたのではないでしょうか。翻って「あまだれも うたってる」とだけ描かれた雨は、常態の側として、どちらかというとお留守番をする子の味方の側として「うたってる」と擬人化してあるのではないでしょうか。

 と、ここまで書いておいて『あめのひのおるすばん』はたんに室内でのお話だから雨音のオノマトペが出てこないのでは……という疑念が湧いてきました。いや、でも『あめのさんぽ』に出てくる「しょぽしょぽ」は室内で聞いた雨音を表したものだったし……とにわかの考察は尻すぼみにおわります。さらっと書くつもりが、けっこう長文になってしまいました。これもにわかゆえの熱がこもってしまったということでご容赦ください。ちゃお。

しとしとと降る年月に、いや雨に濡れるしかない親しいひとと

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