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•アンブレラ バトン• ループする傘への想い

夏休みのある日
小学生だった僕はお母さんに連れられ
おばあちゃんちに遊びに来ていた。

前々からおばあちゃんちに来たならやりたい事があった。
以前来た時に、地元の子達に野生のうさぎが住んでいる所を案内され
物凄い速さで走るうさぎを見る事が出来たのだ。
その場所へ、今度は一人で冒険したかったのである。

お母さんとおばあちゃんにその場所に行ってくると伝え、その日の冒険が始まった。
小学生の足だとなかなかの距離はあったものの、以前その場所に行ったときの興奮を思い出すと、自然と足が速くなるのだった。

野生のうさぎがいる場所は小高い岡になっていて、岡を登ると平らな空き地になっている。
そのまま奥に向うと山に繋がっているような場所だ。
岡を登る途中から、地元の子供たちがやっていたように
静かに音をたてないように注意深く進むのだ。
平らな場所に辿り着き、周りを見渡すけれどうさぎの姿は見えない。
平らな場所から傾斜になり山へと続く境い目に
大きく地面がえぐれている所があり
そこへ近付こうとしたその時、そのえぐれている場所から物凄い勢いで黒い物体が飛び出し林の中へと走り去って行った。
かろうじて黒いお尻が見えただけだったが、僕の心臓は今まで無いくらいドキドキしていた。

興奮を抑えきれないまま
あちこち覗いて見たけれど、うさぎの姿を見つける事はできなかった。

気が付くと晴れていた空は灰色に曇り
ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
うさぎはあきらめ、おばあちゃんちに戻るよう岡の坂道をくだっていく。
雨は気まぐれに降ったりやんだりを繰り返していたが、遊歩道が見え始め小さな公園にある東屋が見える頃には雨は本気を出してきた。

東屋に入り灰色の空を見上げると
道を挟んだ向こう側の家の屋根からうっすらと煙がのぼっているのが見えた。
よく目を凝らして見ると、煙突があり
そこから煙が出ていた。

❨あの煙突だと少し太ったサンタさんは入れないかも❩
そんな事をつらつらと考えていると
その家の窓に見えた、丸い眼鏡をかけたおじさんと目が合った。

おじさんはいそいそと家の中に入って行ったかと思うと、薄い紫色の傘をさして玄関からこちらに歩いてきた。

おじさんは木でできているような
まん丸の眼鏡をかけ、鼻の下には白いヒゲが生えていた。

東屋まできたおじさんは

『ぼくはこのへんに住んでるの?』
そう優しく話しかけてきた。
ぼくはおばあちゃんちの方角を指差し

『お母さんとおばあちゃんちにきたの』
と答えた。

それを聞いたおじさんは話し始める

『おじさんが昔傘が無くて困ってたら、あるおばさんがやってきてこう言ったんだ

【この傘は旅する傘。傘が無くて困っている人に渡して旅をさせるの。】

そう言って傘を渡されたのさ。
やっとおじさんもこの傘を旅に出せる時がきたんだ。
ぼく、この傘を持って行ってくれないかい?』

そう言われてポカンとしていると

『もしこの先、傘が無くて困っている人がいたら、この傘を渡して旅をさせて欲しい』

そう言われ戸惑ったが、ぼくはコクリと頷き
とても綺麗な薄紫色の傘を受け取りおばあちゃんちへと歩きだしたのだ。

少し歩き出すと、むかう先から傘をさしたお母さんがこちらへと歩いて来ていた。

迎えに来てくれたお母さんは
ぼくが持つ傘を見て
『これどうしたの?』と聞いてきたが

『後で話すね!』
そう言っておばあちゃんちに着いてから
今日起きた出来事を話し出した。

おばあちゃんは
『よかったねえ』
とニコニコしながら話しを聞いてくれた。


ぼくは中学生になり、おばあちゃんちに来る機会があった時に、散歩がてらあの東屋へと向かった。
おじさんの家の前に来ると、あの時はよくわからなかったけれど
よく晴れたおひさまの下で見るおじさんの家は、綺麗な緑色の壁が周りの景色に溶け込んで見える。

玄関先の門柱には【野口】と表札があった。
あの受け取った傘にも
まとめて留める部分に小さくカタカナで【ノグチ】と書いてあった。

『良い想い出をありがとうございます』
そう心の中で呟きその場を後にした。


そして現在、僕は社会人になり
念願のひとり暮らしの引っ越しも終わり
新しい街へと繰り出し買い物を済ませ新居に帰ってきた。
僕は新しく買ってきた薄紫色の傘に

『いつかきっと旅立たせるから』
そう呟き、すでに立たせてある似た薄紫色の傘にそっとその傘を添わせた。





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