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三丁目の銀玉鉄砲

 おう、おかえり。学校から帰るにしては、ちょっと遅ないか。遊んできたんか。

 きっちり笑顔でいらっしゃいませ!を言って、あたしは神谷のおいちゃんに男子と鉄棒で競争してきたことを報告する。連続さか上がりは51回であたしの勝ち、足かけ回りは67回でダーヤマの勝ちだった。どれ、ランドセルおいちゃんに貸してみって あたしの背から下ろすと、おいちゃんは重たい重たいって大げさによろめいて、丸椅子から転げ落ちそうなそぶりをした。

 5年生の春に転校してきて1ヶ月。前の学校でもその前の学校でもそうだったけど、ベタベタする女子たちのグループはなんだか苦手。放課後遊ぶともだちは男子ばっかり。
 パパは転勤したばっかで毎日帰りは遅いし、お母さんは新しい家の1階でお店を開いたばかり。うちには玄関がないから、お店の自動ドアから「ただいま」をする。たいていお客さんがいるから「いらっしゃいませ」して、お店の奥のドアから家に入る。
 お店が閉まるのは夜の9時。だから混む日はあたしが見よう見まねでご飯を作る。はんぱに切られている材料を見て、推理をはじめる。キャベツと豚肉とピーマンを見て野菜炒めを作ったらホイコーロー作るつもりだったとか、メニューの真実にはなかなかたどり着けないけど、1年生の妹が夕方からおなかすいたーって言いつづけるから、しかたがない。

 神谷のおいちゃんはバカボンのパパみたいな格好で毎日お店にきて、必ず座ってリポビタンDを1本飲む。いつも、うたちゃんのママは白衣の似合うベッピンさんやなぁって大きな声で笑う。たまに、おいちゃんがもっと若かったら、ママにプロポーズしたんやけどなぁって、口のうえの白いおヒゲをすっとつまんでウィンクするんだ。おいちゃんの笑顔はベリーキュート。

 からだに悪いからタバコはやめたんだよって言いながら、おいちゃんはNEO CEDARって書いたタバコを1カートン買って帰る。おいちゃん、それ、タバコじゃん!って言うと、これは薬なのよ、咳止めってお母さんが笑う。
 おいちゃんが口にくわえて火をつけると、煙が出る。しょっちゅう買いにきてずっと吸ってる薬って、なんか不思議。

 調剤室の電話が鳴って、出たら神谷のおばちゃんだった。おばちゃんは、おいちゃんが店にいるのを確認して、黒いコウヤクとトイレのおとし紙と洗濯の粉せっけんを買い物に追加した。
 おいちゃんは言った。うたちゃん、ちょっとおとし紙、おいちゃんちまで運んでくれへんか。おいちゃん、荷物がいっぱいやからなぁ。ほら、お駄賃。おいちゃんは小銭入れのチャックをあけて、50円玉を取り出した。
 お母さんを振りかえると、笑ってうなずいている。だから、あたしは50円をもらうことにした。隣のお姉さんのアルバイトみたい。これは、お仕事だ。

 

◉ ◯ ◉ ◯ ◉

 

 おいちゃんちは、歩いて5分の三丁目にあった。おいちゃんちの上がりかまちにおとし紙をそっと置く。ありがとうございました!っておじきをして、半ズボンのポケットを押さえながら、はす向かいの みつけや に行く。放課後、よくみんなが みつけや集合ね!って言ってるお店。お母さんのお手伝いで開店セールのチラシを一軒一軒ポストに入れて歩いたから、白いのれんに「やけつみ」って書いてあるその店は知ってたけれど、来たことがなかった。忙しかったんだ、毎日。

 白いのれんが外にかかっていれば営業中で、中にかかっていたら休みだっていうのは、神谷のおいちゃんが歩いてる途中におしえてくれた。今日はやってる。
 みつけやの扉は木でできていて、ガラスが3枚はまっている。お店のなかは暗くってよく見えないけれど、ガラスのなかのあたしはゆらゆら歪んでて、青白くて、挿し絵のユーレイみたい。あたしはポケットをぎゅってして扉をあけた。カラカラカラって音がして、あたしはこんにちはって言った。

 店の奥のおじいちゃんはいらっしゃいって言って、メガネをずりあげる。春なのに冬のにおい。うす緑のストーブのやかんから、湯気が出ている。店の奥にはガラスのはまった障子みたいなのがあって、その向こうの座敷には三毛猫がいる。かわいい。

 壁の棚には、コルトとオートマチックの銀玉鉄砲の箱と、まるいフタがついててお菓子の入った透明のケースと、ピンクと黄色と緑のニッキ水の瓶と、大きな麩菓子がならんでいる。目の前には派手な色の爆竹がいっぱいぶら下がっていて、吊り下がった3連のザルのなかには、黒いけむり玉やビー玉、キラキラの入ったやつやオレンジや青のスーパーボールがあった。膝よりちょっぴり高いくらいの台には、スーパーにはないお菓子もある。ぎっしりならんだお菓子は、見ているだけで楽しい。
 水色の袋のラムネや銀色のドーナツ型の台にはまったカラフルなチョコレート、指輪に透きとおった宝石がついたようなキャンディ、たこ焼きのスナック、袋のわたがし、給食の瓶のヨーグルトみたいな形のクリーム、中にキャラメルのはいったチョコレート、シュワシュワの粉をつけるキャンディ、きなこ棒、ヒモのついたイチゴあめ、紙をめくるとクジがついているふわふわのガム、吹くと音のなるラムネ、シールを集めるチョコウェハース。

 お店のなかには他にも何人もいて、しゃがんで選んでいたり、三角くじをひいたりしていた。クジを引くと、おじいちゃんの後ろにぶらさがっている、ヘビや蜘蛛やトカゲのおもちゃが当たるっぽい。男子がよく急に投げてくる、やわらかくて気持ちわるいアレ。ホンモノのヤモリのほうがかわいいのに。触ると きゅうって鳴いて、おもちゃよりもやわらかい。
 あたしがキョロキョロしていたら、はじめてかい? この辺の子?っておじいちゃんが聞いたから、ちいさい声で角にできた薬屋の娘ですって言った。そうか。水野さんちの子か。おじさんな、あんたのおじいちゃんと同じ小学校やったんや。おじいちゃん、元気か? そう尋ねると、みつけやのおじいちゃんはニット帽をわしゃわしゃ引っかいて笑って、あたしはうなずいた。

 ちいさい頃に住んでた団地のそばには大きなスーパーと出来たてのセブンイレブンがあったけれど、お菓子しか売ってないお店なんて歩いていけるところにはなかった。
 お日さまに透かして見たくなるようなキレイな色なのに飲むとピリピリするニッキ水も、透明のケースに入ってる串にさした丸いカステラも、ひもで吊るされた爆竹も見たことがなかった。銀玉鉄砲はスーパーの文具売り場の隅っこに置いてあって、欲しかったけど女の子だからって買ってもらえなかった。

 ポケットの50円玉をぎゅっとする。10円のお菓子なら5個。1個20円のやつを買ってもいいけど、そうすると買える数が少なくなっちゃうな。帰ったら妹いるし、どうしようかな。銀玉鉄砲は50円じゃ買えないし。もう、あたし小5だし。
 オートマチックの銀玉鉄砲のとなりの透明なケースのなかには、つまようじの刺さった茶色い三角のお菓子がいっぱい入っていた。これ、なんですか?って聞くと、知らんのか。これはなぁ、かるめ焼きや。さくさくして甘いよっておじいちゃんが言った。ニット帽には大きなポンポンがついている。

 これください。4つ。あと、これも。
 あたしはおじいちゃんにケースを持っていって、かるめ焼き4つとタバコみたいなココアシガレットを買った。見たことのなかったうす茶色のかるめ焼きは、どら焼きを4等分したような形で、表面がうっとりと丸くて、つぷつぷとちいさな穴がならんでいる。

 

◉ ◯ ◉ ◯ ◉

 

 ありがとうを言って みつけやを出ると、神谷のおいちゃんが軒先に腰かけていた。
 おいちゃん、ありがとう。買ったよ、ほら。あたしは袋を見せた。
 うたちゃん、おんなじもん4つも買うたんか。おもろいなぁっておいちゃんが笑うから、あたしは銀玉鉄砲がむかし欲しかったからちょっとだけ気になったんだけど、その隣にこれが置いてあったのって言った。銀玉鉄砲をねだってると思われたらやだなぁって思いながら。

 おいちゃんは銀玉鉄砲かと言って、笑った。おいちゃんな・・・と言いながら、おいちゃんは肌着のボタンを外した。おいちゃんな、昔、戦争に行ってな、少年兵やったんや。
 左の肩にはくぼんで引きつれた傷があって、そこだけ肌が白く光って見える。おいちゃんは傷を指さして、メイヨノフショウと笑った。鉄砲のナマリ玉が貫通しなくて、それをナイフで取ったらしい。想像しなくても痛い。おいちゃんは、はだしに草履をはいている。手にぐっとチカラが入って、ビニール袋がしゃりって鳴った。
 うたちゃんらが大きなったら戦争はしたらいかんぞって、おいちゃんは笑った。しないよ、絶対。銀玉鉄砲も買わない。なんか、ごめん。

 何て言ったらいいかわかんなくて、わたしは袋からかるめ焼きを2つ取り出した。これ、あげる。ほら、おばちゃんのぶんも。
 おいちゃんは、目を細くして言った。うたちゃんが食べ。それなぁ、おいしいぞ。帰って食べ。

 みつけやのガラスには、オレンジに染まる通りがゆがんで写っている。
 おいちゃんちの玄関からは、里芋のあまい香りがした。

 

 

 

 

このお話は、拝啓 あんこぼーろさんの企画 #あのころ駄菓子屋で に参加しています。



ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!