誰も知らない、小児病棟
小3の時、喘息で死にかけた(呼吸停止、チアノーゼを通り過ぎて土気色?)後、何度も短期入院を繰り返し、長期入院を勧められた時のこと。
この頃の小児病棟は、大部屋でカーテンを引いてるベッドはほぼなくて、オープン。
お母さん達に鶴やくす玉の作り方を教わって、かなり下手くそなやつを自分で作って病室のベッドに飾ってた。欲しいものは自分で稼いで、自分で買うのもこの理屈かな。
人にあげることもあるけど、勝手に盗られる(撮られる?)のはごめんなさい。
ある時、針を無くして、ベッドの上を探し回っていたら、看護婦さんが大慌てて、シーツをめくったりとか、必死で探してくれて。見つかったのは、小物ケースの中。当然ながら怒られました。病室で針一本でも無くしたら、大変なことになるとこの時悟って、小さくなってたっけ。
預かりますと言われ、針山に差した状態で返してくれました。没収だと思っていたのに、きちんとした針山つきで、ビックリして……
お騒がせしてました。
そうそう。向かいにいたママさんが、小さな娘さんのために千羽鶴を折っていて、それをじーと眺めていたら、「一緒に折ってくれる?」と、誘ってくれたことも。
仕上げの系通しも教えて貰いながら、そんなことが嬉しくて……
あんまり意味は分からなかったけれど、お孫さんが入院している一人部屋へ招き入れてくれたおばあちゃん、(大丈夫!幻ではない)もいたよ。
お孫さんの紹介と、百合の花を折って手に乗せてくれました。折り方は難しすぎて、残念ながらよく分からなかったけれど。
病室の子もいい子ばかりで、「UNO」という、カード教えて貰って遊んだり。夜怖くて、トイレに行くの付いてきてと言われて、行ったことも……。
コミュニケーションのお勉強だったのかな?学校にはその頃誰も友達がいなかったから。1日どこかに行くからと、ゲームボーイ機を貸してくれこともあったよ。ただし私のためだけではなく、病室の子あてに。
私はすっか夢中になってしまって、「俺はジャイアン、ガキ大将🎵」と、独り占め。部屋にいた子の中では、一番年上だったような気がするのに、後で考えてみると、取り消したい過去のひとつ。
裏では、看護婦さんがどうしたものか、と観察していたに違いなくて、ナースステーションからお呼び出しの声が。私は渡さなきゃって思いながらも、手放すのが惜しくて、ゲームボーイ機を布団の上に置いて、外へ。
ナースステーションに辿り着けば、確か、看護師さん方が髪の長い女の子の髪を、一生懸命乾かしてあげていて、ちょっぴり羨ましかったり。私の髪は、癖毛で、とっても短かったからかな、覚えてないや。
何で呼び出されたのか、それも覚えてない。というよりも、その頃の私は、看護婦さんの意図を分かってなくて、さっき文章を書きながら、初めて知ることができた気がした。こうゆうのって何だろ、ナゾナゾが解決できた瞬間?人のことが理解できた瞬間?ちょっぴり好きだな。
一ヶ月が経つ頃、退院許可。重い病気の子もいる中で、「まだ入院していたい」と、ベッドの上に立って母に懇願。学校では、大人しい、無口。蚊の鳴くような声と言われてたのに、すっかりお調子者に。
おかげさまで、入院の効果ありで、大発作ばっかり起こしていたのに、以後、ほぼ起こさなくなりました。
空気の入れ替えって大事です(笑)。
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