うさぎ
こつこつこつこつ。
初めは、時計の秒針かと思った。
しかし、秒針にしては不規則である。
ぶるぶるぶるぶる。
いや、スマートフォンのバイブレータだろうか。
いいや、それにしては激しい。
かばんのなかを探ると、すぐ触れた。
音源は、手のひら大の卵だった。
殻が薄っすら透けていた。
透けすぎて、内側から発光するように見えた。
ぐるぐるぐるりん。
なかのものが動いた。
生きている!
ギョッとした。
ん、これは、いつからあったんだ?
一体、何の卵なんだ?
殻の内側でバタつくものは、羽根のようにも見える。
羽ばたこうとしているのか。
鳥か?何の鳥だ?
まごついている間にも、内側からの脈動は止まない。
こつこつこつこつ、ぶるぶるぶるぶる。
こつん、ばりばりばり。
唐突に、殻は割れた。
卒啄同時などと言うが、わたしは何もしていない。
卵は内側から、ひとりでに割れた。
しかし、かばんに卵を抱いていたのは、わたしか。混乱する。
托卵か、わたしは托卵の抱卵をしていたのか。
え、最近の重いドラマの、あれ?
勘弁してくれ、一切身に覚えがない。
いや、だからこそ托卵なのか。
薄い灰色の羽毛に包まれているのは、鳥だと思った。
だって、そうだろう?
しかし、それはうさぎだった。
そして、みるみるうちに、羽毛は白に変わった。
やはり、発光するように見えた。
おいおいおい。
うさぎは卵生ではない、哺乳類だろう。
一羽二羽とは数えるが、決して鳥ではない。
紛れもなく、哺乳類だ。
え?そうだろう?
いや、わたしこそ、間違っているのか?
ググらなきゃ。
いやいやいや、イースターエッグとイースターバニーに惑わされるな。
お前は、イースターバニーなのか。
いや、因幡の白うさぎか、不思議の国のうさぎか、うさぎとかめのうさぎか……
記憶のなかの、うさぎたちが、頭のなかを駆け巡った。
あ、そうだ。
飼育小屋のうさぎは、あろうことか、夾竹桃の葉を、誤って食べて死んだのだった。
どうしてまた、毒のある葉を食べたのか、夏の暑い日だったからか。
親友の飼っていたうさぎは、ピーターラビットにちなみ、ピーターという名だった。
ピーターの死んだ日も、夏の暑い日だった。
泣きじゃくりながら遅刻してきた彼女と、ただの寝坊で遅刻してきたわたしは、一緒に授業をサボって以来、いつの間にか親友だった。
等々、諸々、思い出していたら、うさぎが跳ねた。
うさぎは、生まれてすぐ跳ねるものなのか?
馬や鹿は、生まれてまもなく立つとは聴くが?
跳ねて翔けていくうさぎは、一度だけ、こちらを振り返った。
そして、言った。
「先に、月へ、帰っているね」と。
言葉ではないコトバで、瞬きで。
先に、月へ、帰ったうさぎに、次は、わたしが抱卵されるのかもしれないと、ふと思った。
思えば、内から発光する卵が月のようだった。
孵り、還り、返り、帰るのか、月は月へ。