鬼ごっこ
蜘蛛の子を散らすように、子らは一斉に駆け出す。
「鬼だ、鬼が来る」
と、はしゃぎながら、しかし、身のうちでは小さく震えながら、全速力で、鬼から逃げる。
わたしも、その渦中にいる。
鬼に見つかるまい、捕まるまい、と息せき切らして。
かくれんぼのように、身も息も潜めていても良いはずなのに、駆け回る。
立ち止まれば、途端に、鬼に捕まるような焦燥に駆り立てられて。
逃げ回りながら、ふと、我に返り、思う。
これは、「〈鬼のいない鬼ごっこ〉なのではないか」と。
誰もが、鬼が誰かを知らない。
誰もが、鬼なのかもしれない。
わたしは、何から逃げているのか。
わたしから、逃げているのか。
捕まって、どうなるのか。
何を、おそれているのか。
∞
しかし、誰も足を止めない。
子らの駆けた軌跡は渦を巻き、魔方陣を地に描く。
その中心の内奥から、ぬ、と、本物の鬼が現れる。
子らは、はからずも、呼び出してしまったのだ、本物の鬼を。
鬼は、中心に、ひとり佇む。
どの子も追いかけはしない。
子らが、かれの周りを、駆け回るだけだ。
誰ひとり、かれを、省みることもないままに。
というのも、かれが、透明な真空であるからだ。
うっかり、かれのなかに入りこんでしまった子は、有無なく、かれの心の空洞をみることになる。
それは、あるいは、深淵と呼べるかもしれない。
恐怖である。
同時に、畏怖でもある。
未知である。
しかし、不思議と懐かしくもある。
みたものは、失えない。
受苦ではあるが、どこか、小祝いでもある。
∞
子のひとりが転び、泣き出す。
この、いちばん幼い子を、転ばせたのも、受けとめたのも、鬼である。
子らは皆、ハッとして、泣く子のもとへ、パッと駆け寄る。
気遣い、覗きこむ。
そのとき、渦も、魔方陣も、本物の鬼も、すっと消える。
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