いぶき
いぶきという名の女の子がおりました。
いぶきのいう名の男の子と会ったとき、なんとも気まずくなりました。
同じ名前の、別のひと。それでもまったく赤の他人とは、やはり思えませんでした。
いぶきといぶき。
当の本人たちだけでなく、まわりも少し戸惑いました。なのでまわりは彼らを呼び名で呼び分けました。
いぶきという名の女の子、彼女は「いきす」と呼ばれていました。
いぶきという名の男の子、彼は「かぜと」と呼ばれていました。
いきすとかぜと、彼らは一つの川を隔てた対岸にそれぞれ住んでおりました。
歳は不思議に同じでした。生まれの月も同じでした。
村の長老たちは言いました。
「同じ齢に同じ名を選んで生まれた子たちやいかに」
いきすとかぜとの会うときは、祭りの時分が専らでした。川を隔てて住んでおりましたから。
橋はずっと遠くにあって、子どもは通れませんでした。とはいえ商人たちや役人たちの渡し舟はしきりに行き来をしておりましたし、漁の舟もよく出ておりました。
けれども、いきすやかぜとの村のひとたちの多くは、田畑を世話して暮らしておりましたから、向こう岸で耕すひとを訪ねることは、そうありませんでした。それでも彼らは会えば不思議に心は通うものでした。季と空への一喜一憂を同じくしておりましたから。
夏の祭りは川を隔てた村と村との、年に一度の大事でした。
川の神へと、ひとかたならぬ水の恵みを感謝して、出水など水の障りのないように、祈りを捧げる祭りでした。祈雨も空へとあげられました。
数え年七つの頃から、いきすとかぜとは、村の子どもの代表でした。
同じ名を持って生まれてきた子らに肖って、満場一致で決められました。
二人の八つの歳の祭りで、いきすの父は死にました。突然川の神さまが荒ぶって、船頭を務めていたいきすの父を、川に落としたからでした。いきすもそれを岸から見ておりました。ゆっくりと空を舞うように川へ落ちていく白い衣の、きつくはちまちを締めた父の姿を。
前日の稚児舟の興行は事もなく済んだのに、この日の神事もつつがなく運んでいたのに。
いきすは生まれてまもなく母を亡くしておりました。加えて父も喪ったのでした。
いきすの父は徳のある者で、みなから慕われておりました。父の生前、いきすは父のあぐらに座り、大人たちの陽気な語らいをよく聴いたものでした。そんな宴が幾夜も幾夜もありました。父のもとには集う者らが大勢いました。亡骸のついにあがらなかった葬式の折も、それは同じでした。
葬式のあと少しの間、村のひとたちは、ばばさまと女中と暮らすことになったいきすを気の毒がって、ひと声をかけるのも憚ってしまうほどでした。
けれども、いきすの父の徳ゆえと、いきすのいぶきたる本名の妙もあり、村の者たちは黙しつつ、いきすたちをできる限りで養いました。
それでも主人なき家、父なき娘は自ずと貧しくなりました。ばばさまは呆けていて、野放図で無鉄砲なことを話すので、女中には疎まれておりました。その愚痴を聞くのにたまらなくなるために、いきすは昼間の多くを家の外ですごしました。
いきすの向かうのは、川の神さまの社が大半でした。川の神さまが父をさらっていったことを、いきすはかなしいこととは思わずに、ほまれなのだと思っていました。それでも、やりきれなくてさびしくて社へ足が向きました。
その日は、秋の晴れ間のこもれびが彩り豊かにきらきらとしておりました。小さなほうの社にはお狐さんが棲んでいました、お狐さんは紅葉して落ちた葉に隠れるのが上手でした。目の端に白く光るのをとらえて振り向くと、狐らはすうっと葉の裏に身を隠してしまうのでした。
いきすは社の脇の神木のうろに腰かけて眠ることもありました。父のひざとは異なるけれど、落ち葉がふかふかとして乾いて冷たくもなく抱いてくれる腰かけに、体を預けて憩うのでした。
いきすはその日も、その木のうろのなかで眠りこみ、夢をみました。父とこの社の裏手の小川で蛍を見たときの、思い出の夢でした。
蛍を見たのは、ずっと前の夏の初めの夜でした。いまよりも小さないきすは、父に手を引かれて出かけたのでした。父の握ってくれる大きな手がなければ、夜はとても恐ろしいものでした。少しの物音にどきどきし、行く手の闇にそわそわしました。
「いぶき、蛍を見に行くよ。じっと黙って見ておいで。蛍を怖がらせてはいけないよ。いぶき、お前は、なんにも恐れることはないんだよ」父は静かに言いました。
いきすはこっくり頷いて黙っていました。
社の裏手にまわってすぐに、ちらちらと小さな光が見えてきました。小径を降りて小川のそばにじっと佇みよく見ていると、たくさんの小さな光が各々に明滅していたのです。まるでなにかお喋りしているようでした。よく知るはずの小さな川にこんなにきらめくものがひそんでいたなんて、いぶきはいっぺんに蛍が好きになりました。
いきすには蛍の言葉はわかりませんでしたけれど、蛍が自分を迎えてくれていることだけはわかりました。いきすは小躍りしたい思いをがまんして、父の手をぎゅっと握りしめていました。
行きは気づかなかったのに、帰り道、満天の星空でした。天の川が見えました。星も各々に揺らぎながら光ってお喋りしているようでした。
「きらきら」といきすは言いました。父は答えて「ああ、きらきらだ。蛍も星もいぶきのことが好きなんだなあ」と言いました。いきすはまた嬉しくなって、父の厚い手のひらをぎゅっと握って微笑みました。
夢から覚めていきすは、また蛍に会いたい、もう夜だって怖くない、きっと会いにいくんだ、と思いました。
家に戻ると、ばばさまがにこにことして、いきすを手招いて呼びました。ばばさまは呆けて言葉を忘れておりましたけれど、いきすにはばばさまの云うことがいつでもわかっておりました。いきすは目を丸くしながらも、うん、うんと頷いて、ばばさまと約束をしました。
女中の休んだあとの真夜中、いきすはばばさまを連れて外へ出ました。風がひんやりとしておりましたけれど、寒いというほどではありませんでした。いつかは父に手を引かれて歩いた道を、その晩はいきすがばばさまの手を引いて行きました。ばばさまは足も弱っているはずなのに、不思議にすたすた軽やかに歩きました。月の夜でした。月影に照らされて、二人の影も際立って見えました。
川の神さまの社に着くと、社はしっとり微笑むように見えました。昼にはからりと寝たふりをして安らっていたのにね。いきすはばばさまを、いきすの大事な木のうろに座らせてやりました。ばばさまはいきすの両手を両手で握り、にこにこと微笑みました。月の明かりがやわらかく照らしていました。ばばさまの手は冷たくはないのに熱もなく、やわらかくしわしわでした。いきすは別の木のうろに座って、いつしか眠りに落ちました。
起きたのは村のひとに起こされたからでした。
「いきす無事かい。よかった、よかった。ばばさまはどうしたい」
いきすはばばさまのいるほうを向きましたが、ばばさまはもういませんでした。
「あ、ああ、ばばさまは木になった」と、いきすはぽろっと呟きました。
村のひとははっと言葉に詰まりました。一呼吸して考えが一巡りしてやっと「ああ、そうかい」と言いました。
一報を受けた女中が走ってきました。やってくるなりいきすをぎゅっと抱きしめました。「どこ行ってたんだい。わっぱめが」。女中はわあっと泣いていました。いきすは、ずっとここにいたよと思いながら、黙って抱きしめられておりました。
ばばさまがいなくなり、それから間もなく女中も自分の里へ帰ることになりました。村のひとたちが見送りに集まりました。別れ際女中は「いきすや、父さまには大変よくしてもらったよ。ばばさまも、呆けてもにこにことして、いいばあさんだったよ。あんたは元気でやるんだよ」と頭を撫でてくれました。そして涙がこぼれないうちにくるりと背を向けました。いきすは女中が村の外へ歩いていくのを、村のひとたちと一緒に見えなくなるまで見送りました。
そうして、いきすは一人になりました。一人にはなりましたけれど、村のおかみさんたちが交代でいきすの世話をしてくれました。とはいえ、いきすは身の回りのことのたいていはできました。おかみさんたちの連れてくる赤子の世話もできました。いきすはおかみさんたちに、採った魚や山の菜や木の実などを黙って差し出すことがありました。御礼のつもりだったのです。おかみさんたちは快く受けとってくれました。そして笑いながら、よく言いました。
「いきすは滅多に喋らんが、よう喋りおる。ばばさまの孫じゃね」と。
いきすの家は、いつしか村の集会所のようになっていました。世話役のおかみさんたちが土間で煮炊きをしていると、おかみさん仲間がお喋りをしに来たり、散歩のじいさまや、漁のおじさんも、なんとはなしに寄りに来ました。お役所さんが「やあ」と顔を覗かせることさえありました。
それまでも、なにか会合のあるときは、たくさんひとの集う家でした。いきすは家が賑わうのを、いつも楽しく見ていました。いまはもうその中心に父も、片隅にばばさまも、土間に女中もいませんでしたけれど。
村には冬にも祭りがありました。村のひとたちは、次第に冬の祭りの会合のために、いきすの家に寄り合うことが多くなりました。
冬の祭りは、ひととせの加護を感謝し、次のひととせの無病息災を祈る火祭りでした。河口に近い大きな川原に、竹や藁で、斎灯という塔のようなものを組み、日が暮れたあと祝詞をあげて、火を入れるのが慣わしでした。そして古い札などを燃やして浄め、祈りと共に焚き上げるのでした。斎灯は川の両岸、いきすとかぜとの村、それぞれに組まれました。夜の闇に赤々と炎の柱が二本立つのは、誰であろうとなにか胸を掻き立てられるものがありました。喜怒哀楽のどの思いでもない、切ないような悲しくいような憤るような、それらが一緒になってひしめく思いでした。
いきすはよく、斎灯の組まれる川原にも行きました。ゆったりとした川の流れを眺めているのが好きでした。水面が光にきらめくさまを、眩さに目を細めつつ見ていました。誰に教わったわけでもなく、あのきらきらのなかにほんとうのわたしがいると思っていました。
また、寝転んで川のちゃぷちゃぷいうのを聞きながら、雲を眺めているのも好きでした。川と同じに雲もとどまることを知らずに、次々もくもく形を変えて、いきすを楽しませてくれました。
時々川の対岸に、同じ名を持つかぜとの姿が見えました。いきすはかぜとを見つけると、すっくと立って、かぜとをじっと見ておりました。すると、かぜともおんなじに、いきすをじっと見ておりました。微笑んだかどうかもわからないくらい距離がありました。それでもふたりは互いの目を見て合わせていました。互いに手を振ることは一度もありませんでした。
いつしかふたりは、互いに各々、どこからか鏡の欠片を手に入れて、それを日の光にちらちらと反射させ、光で呼びかわすようになっていました。それはふたりの、ふたりだけの秘密の遊びでした。
川原に行くことは、ふつうの子どもは親にきつく止められていましたし、そこは舟着き場からも離れた川原でしたから、誰にも気づかれることはありませんでした。空と川、鳥と魚は、ふたりのいぶきの遊びを知り、面白がって眺めていました。
冬の祭りの日が来ました。村のひとたちはみな気もちを少し新しくして、いそいそと仕度をし、たくさん着こんで出かけました。いきすもそれにならって、夕暮れの薄暗くなる道を一緒になってそろそろと連れだって行きました。西の空は橙に、東の空は紅に染まり、西と東で呼応するようでした。真上の空からは紺色の夜がゆっくり降りてくるようでした。夜がすっかり降りてきたあと、次には星が降るのです。
いきすは冬の祭りは初めてでした。夏の祭りは、稚児舟にかぜとと一緒に乗せられて、もう二度は立ち会っておりましたけれど。
村のひとたちは斎灯のまわりをぐるりと囲み、火が入るのを待ちました。夜が深まるほどに、凍てつく寒さで手がかじかみました。白い息が濃紺の夜空に消えていくのが見えました。顔はひりひりじんじんとしました。やがて火が入るとその熱で顔がぽっぽと火照るのを感じました。少し離れて見ていても、時々一歩下がりたくなるほどの熱量でした。でもそこを離れるととたんに寒くていられないのです。
火は赤く、ごうごうと高くのぼりました。村のひとたちは、なんとはなしの順番に古札を投げ入れていきました。それが消えてゆくのをじっと眺めておりました。古札の投げ入れられるたびに火は形を大きく変えてぱちぱちと鳴り、煤と一緒に火の粉がばーっと舞い上がりました。火の粉はひらひらきらきらと舞ったあと、いつのまにかすうっと闇のなかに消えました。いきすは火の粉の上がるたび、目を見開いて火の粉のあとさきを追いました。いきすはやがて焦がれる思いにこらえられなくなりました。火の粉を追って、ぱっとかけ出していきました。「蛍、蛍だ、蛍がいる」と。
子どもの言うことでしたし、誰もが火のほうを向いておりましたから、いきすに気をとめる者はいませんでした。けれども、ざぶんざぶんという音がして、村のひとたちは一斉に音のしたほうを向きました。いきすが火の粉の蛍を追って、川へ一目散にずんずん入って行ったのでした。わっと騒ぎになりました。男たちのなかには、いきすを追って川に分け入る者もいました。
その騒ぎは対岸の、かぜとたちにも見えていました。対岸ではなすすべもなくみんな固唾を飲んで見ていました。両岸の斎灯が赤く照らす川のまにまに、まだいきすは見えていました。いきすは次々に生まれては消える火の粉をなおも見ていました。自分が川に入ったことなど知らない様子でした。もう随分と川は深いはずなのに、いきすは川幅の真ん中近くにまで来ていました。川の水は思うより温かでしたが、その流れに流されるのと衣の重さで、大人たちはなかなかいきすに届きませんでした。そのときにはもう、かぜとの村のひとたちも、川に落ちた子がいきすであることがわかっていました。
いきすが水に沈み隠れる間際、ふたりのいぶきの目の、しかと合う瞬間がありました。かぜとは、宇宙のことも、宇宙という言葉も知りませんでしたけれど、いきすの目の奥に透明な宇宙の闇がひらいていると思いました。あまりに透きとおるので闇なのです。光を見ると光より輝く目でした。
さいごにいきすは、確かにかぜとの眼を見ていました。けれどもやはり、ちらちらと舞う赤い火の粉も目に映しておりました。その赤が燃えるように輝くさまも、かぜとはしかと見ておりました。
両岸の村のひとたちが一斉に動き、総出で舟を出し、松明を焚き、懸命にいきすをさがしました。それは、いきすの父をさがしたときと同じでした。それでもいきすは見つかりませんでした。いきすの父が見つからなかったのと同じに。
村のひとたちは、いきすの父がいきすを連れて行ったのだと思いました。それはひそひそと口々に語られました。あわれなことと嘆かれました。
かぜとだけは、いきすは川に連れられたんじゃない、火の粉と一緒に空へ消えたんだと知っていました。いきすがほんとうは蛍を追っていたことまではわかりませんでしたけれど。
しばらくして、かぜとは川原で鏡の欠片を見つけました。それが、いきすのものであることはすぐにわかりました。自分の欠片と合わせるとまん円な鏡になるのも一目でわかりました。合わせてみるとやはり継ぎ目もわからないくらいにぴったりでした。それでも砂利の一粒ほどの欠けたところがありました。
ふいに涙が落ちました。涙は鏡の欠けたところにたちまちに消えました。
かぜとは、この鏡の欠けた小さな一粒をきっと見つけよう思いました。その小さな一粒は、小さいから見えないのだとは思いませんでした。小さくても自分には見つけられると知っていました。遠いから見えないんだ、さがそうと、たちまちにかけ出しました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?