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麒麟
麒麟。
聖なる獣。
稀れびと。
ゆえに、何にもたとえようがない。
あえてたとえるならば、天馬か、あるいは天使か。
麒麟……有翼の彼は、翼を丁寧に折りたたみ、威風堂々、地を闊歩していた。
わたしは、麒麟よりも、一回りも二回りも小さな者だった。
むろん、翼もなかった。地を這うようにして生きていた。
しかし、思えば、己の翼に気づいていなかっただけかもしれない。
空を翔けたことのない者は、翼を広げることもなく、己の翼に気づくこともないのだから。
麒麟は、他の者たちと並んで談笑していた。
家の設計図を挟んで、意見をかわしているようだった。
彼は、設計士でありつつ、家主でもあった。
その姿に、わたしはすこし嫉妬した。
わたしはこれから、彼とともに暮らすことになっていた。
何故かはわからないし、是非も問えなかった。
ただ、その命に遵うだけだった。
とはいえ、わたしには見せてもらえない、わたしの家でもある家の設計図。
わたしは、麒麟にも伝わるように、大げさにむくれて見せた。
次の瞬間、麒麟は笑いながら、わたしをすっぽりと抱いていた。
そのとき気づいた。
「設計図は要らない、この腕のなかが、わたしの家だ」と。
不可思議なことに、同時に、わたしは麒麟でもあった。
小さく震える小さな生きものを抱き、むくれ面を可笑しんでいた。
生まれたての小鹿のようだ、守ってやらなければ、と思った。
いとおしく、いたわしく、より一層、掻き抱いた。
わたしは、麒麟でもありながら、麒麟が「小鹿」と呼ぶところの者でもあり、麒麟の思いに照れてもいた。
麒麟は、大きな翼で「小鹿」を抱いた。
羽ばたくとき以外には開きはしない翼を開いて。
麒麟は、聖なる獣であり、稀れびとであり、有翼である。
しかし、羽を休めるのは家であり、生きるのも骨を埋めるのも大地である。
取るに足りないような「小鹿」も、麒麟にとっては、ほかにはない、かけがえのない存在だった。