エッセイ「推しの天ぷら」
「人生の最後に食べたいものは」と聞かれらたら、迷わず「天ぷら」とこたえる。若い時は「天ぷら」より「フライ」の方が好きだったのが、いつの間にか「フライ」を上回り人気急上昇、還暦女となった今では第一位獲得となった。
そもそも好きになったのはいつからなのかを紐解いてみたら、十年ほど前、大阪の阪急インターナショナルの『一宝』さんで、恩師にランチをご馳走になった懐かしい思い出がでてきた。目の前で板さんが一品ずつ揚げてくれるというあこがれの「お座敷天ぷら」スタイルだ。初の高級てんぷら体験にどきどきして、個室のカウンターへ座ったのが初々しい記憶だ。
板さんが一品目の素材に衣を纏わせ、たっぷりの油の入った鍋にすっと落とし、四十センチほどの金属製の箸でスイスイと泳がせる。しばらくすると、目の前にある網付きのお皿にそっと置いてくれた「天ぷら」にうっとりした。「下味がついてますのでそのままで」と言われたので、こちらもそっと箸でつまみ、口に入れて一口二口と噛む……と、目が二倍くらいの大きさになった。― 軽い……今まで食べていたのは何だったのか ― と驚嘆し、しあわせオーラが広がった。人は美味しいものを食べると一気に緊張が解けこころがゆるむのだと、その時実感した。
食べるペースに合わせて一品ずつお皿に置かれるたびに、「こちらはお塩で」とか「お好みでレモンを絞って」とか「こちらは天つゆで」とテンポよく言葉を添えられると、なんだか粋な江戸っ子の気分にさえなってきた。天ぷらオールスターズの中で一番だったのは『ホタルイカ』だ。わたの特有の臭みがあまり好きでなかったのだが、これには驚いた。柔らかく新鮮な小さなイカを一口噛むと出てくるわたが、フランス料理のソースのようなハーモニーとなり絶品だった。
「天ぷら」人気は不動のものになったのだが、残念ながらその時を超えるのが中々いない。評判のお店や専門店にも足を運ぶのだが、惜しいのはいるのだけど、ー 私のさがしている「天ぷら」はこれなの!ー というのには出会わない。ふわふわではないカリっとした衣で、噛んだ時に口に広がる油に香りと甘みがあって、素材の味がぎゅっと閉じ込められている「私好みの天ぷら」にはなかなか出会えない。高級店にはいるのかもしれないが、しょっちゅう行ける懐具合でもない。
運命の出会いは、二年前のある日突然やってきた。
映画を観た後にランチに入った、名古屋ミッドランドスクエアの「ハゲ天」さん。高級店らしからぬふらっと入れる店構えに吸い込まれ、一人入るとカウンターに案内された。一品目のエビの天ぷらが網にのせられた姿をみた時、― これは! ― と、わたしの中のスカウトマンのアンテナが立ち胸がおどった。
一口食べる……カリっとした衣、油の甘みもいい。調べてみたら『一宝』さんは「紅花油」を使用しているのに対し『ハゲ天』さんは「ごま油」、だから香りと甘みが強いわけだ。下味がついてなくて、素材そのものの味が楽しめるのも加点ポイントが高い。スペシャルランチで、天ぷら六品にプラス穴子の一本揚げ、サラダに炊き込みご飯とお味噌汁までついて税込み2,090円、これなら毎月食べれる。炊き込みご飯が季節もので毎月変わるのもお楽しみ。
最後の決め手は、映画半券の半券を見せると、「生ビール」が無料でついてくることだ。やっと出会えた達成感で感無量だ。その日から月に一度の「推し天ぷら」活動が始まった。
ハゲ天名古屋さんはこちら↓
https://www.midland-square.com/shop/shop409.html
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