
小説 『朱に交われば赤くなる』
コロナウイルスの蔓延から10年が経った。
ある時、アメリカの片田舎で人間が突然ゾンビに変異するという大事件が発生した。その原因を解析したところ、コロナウイルスのワクチンが何かのきっかけで遺伝子的変異を起こし、それが体に作用してなんやかんやでゾンビ化してしまうことが判明した。
人類は、マスコミの主導のもと、このゾンビを「ワクチンゾンビ」と呼んだ。そして、ゾンビとの果てしない人類防衛戦が始まった。
ゾンビの蔓延は最初こそゆっくりしたものであったが、そのうち大都市圏を中心に加速度的にゾンビへの変異が進み初め、各国は10年ぶりのロックダウン措置を各所で取り始めた。外出自粛・禁止はもとより、中には、ゾンビがいる地域を大きな壁で囲み、感染を封じようとする大胆な光景も観られた。どの国も、手探りの変異対策を強いられた。
人々はコロナウイルス以上の恐怖におののいた。そのうちに、ゾンビへの弾圧と攻撃が始まった。ゾンビになりそうな人間がSNSで吊し上げになったり、ゾンビと接触を図ろうとする人間がリンチにあったり、ゾンビ自体も攻撃を受けるようになった。
だが、不思議なことにゾンビは人間への攻撃を仕掛けなかった。どうも、ゾンビは空気中に放たれる飛沫を浴びることによって変異するらしい。わざわざ攻撃しなくても、放っておけば、ゾンビは繁殖していくのだ。こうなると抑止はいよいよ不可能になってくる。
それまでゾンビ根絶やし作戦を図ってきたアメリカに対抗して、いち早く欧米が「ゾンビとの共存」の方針を打ち出した。ゾンビに変異した者を捕獲し管理下に置くのではなく、あえてゾンビを社会生活下に置くことにしたのだ。人間はこのままどうせ絶滅する。だから、みんな根こぎゾンビになって、ゾンビとして地球で生活しようとしたのだ。
国連はすぐさま加盟国間で協定を結び、「人間は一人残らずゾンビに生まれ変わる」という方針を固めた。
やがて、さほど時間はかからず世界中にワクチンゾンビは蔓延した。人間とゾンビの社会的立場は逆転し、地球上は完全にゾンビ中心の社会に変わった。ゾンビファーストを掲げる政党が地球上のどの国でも第一党となり、人間様中心の仕様だった法律や憲法や協定はみなゾンビ仕様に書き換えられていった。ゾンビの生体もゾンビによってだんだんと明らかになっていき、元人間の現ゾンビたちはみなゾンビとしての生活に適応していった。
ワクチンゾンビが蔓延して10年が経った。
人間の体を捨ててゾンビとして生きることを選んだ地球の民は、いつの間にかゾンビ同士で利権争いをするようになった。人間の知能を失いゾンビへと変異した今、どのゾンビが地球上で優位に立ってゾンビ類を動かしていくのか。いつの間にか、第一次世界ゾンビ大戦が始まり、西側ゾンビと東側ゾンビが「ゾン戦」を繰り広げ、だんだんそれは泥沼化した。
世界中で革命や紛争が起こり、ゾンビがゾンビに倒され、ゾンビとゾンビの対立が生まれ、ゾンビがゾンビを罵りあう社会となった。
そして、みんな口々にこう言った。
「何も変わってねーじゃねーか」と。
おしまい。
この作品はフィクションである。