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短編集『初期微動』

この記事を開いていただき、ありがとうございます。この短編集は、まだ瑞野が「瑞野蒼人」という名を付ける前に書いていた、物書き創成期の短編小説・3本をひとつにまとめたものです。当時の発展途上な自分の文章を今後の糧とするために、当時とほぼ変わらない風味のまま掲載いたします。短い作品ですが、お楽しみいただけましたら幸いです。

2022年3月 瑞野蒼人


「忘れ得ぬ日々」


朝の大通り。
港の冷たい風が、ランニングで熱くなる体を冷やしてくれる。いつも走る決まりのコース。もうすぐ大きな橋に差し掛かる。一番厳しい坂道だ。いままで一度も止まらずに渡れた事は無い。
 
私はひとり、自分と戦っていた。
 
「いやーかっこいいなぁ・・・」
「誰が?」
「サッカー部のキャプテンで、容姿端麗、正確抜群。勉強も出来る。
漫画の主人公かってぐらいの好青年?」
「ああ、サクライ君?すごいよねぇ~」
「でも私たちとかじゃ相手にもしてもらえなさそう・・・」
「高嶺の花だね・・・」
 
そんな男子を好きになって早二ヶ月。私はあらゆる努力を積み重ねてきた。いまだってそうだ。私は今ダイエットのために、ひたすら寒い港町をずっと走っている。本当に寒い。息が絶え間なく、白い煙になって吐き出されていく。
 
辛い。
辛いけど、その辛さを味合わないといけないときもある。そう自分に言い聞かせる。よくある話だけど、辛い気持ちをばねにして、パワーに変えて
困難を乗り越えていくってのは本当だなって思う。

真似するみたいだけど,今の自分に例える。 この坂を上りきったとき、私達は結ばれて、晴れて二人で幸せに坂を下っていつもの暮らしに戻っていく。でも、「坂を下る」って響きがよくないなぁ。
 
「はあ・・・はあ・・・」

呼吸が乱れる。いつもの何倍もの力を込めてぐんぐんと坂道を登っていく。緩やかに見えて、とても傾斜がきつい。すぐ横の道路を大きな音と振動を立ててトラックが走っていく。道に危険は付き物だろう。でも、もっと早く、もっと長く、その向こうまで走っていきたい。
 
思えば自分の気持ちに嘘をつきそうになった日もあった。どうせ自分なんかじゃ。その一言で全てを終わらせようとした。でも、そんな事で終わらせられる事じゃないって気づかされた。
 
ようやく橋の頂上までたどり着く。しかし勝負はこれから。今度は下っていかないといけない。早すぎず、遅すぎず、慎重に長い坂道を下っていく。足を止めず、とにかく走り続ける。この先にどんな困難があっても、この橋を渡りきる力があるから、大丈夫。そう言い聞かせる。
 
私はもつれそうになる足を奮い立たせラストスパートを掛けた。数十メートルの全力疾走。ようやく長い長い道を走りきった。ひざが笑ってしまって、おなかも本当に痛い。
 
でもなぜか、
心はとても強くなった気がしていた。


[了]


「幻想」


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