「自分の顔が嫌いなので、頭をレンジにしてもらった。」第19話
もうすぐ、私の四十二歳の誕生日が訪れる。空に輝く夏の大三角形を、ぼんやりと窓から見ながら、私は考えていた。景くんは、現在中国に帰国中であるが、私の誕生日の頃、日本に戻ってくるらしい。
「まだ私は好きだと伝えてないんだよね……」
これが課題である。
次に顔を合わせた時こそ、私は自分の気持ちをきちんと伝えようと思っている。
だが告白なんてした経験はゼロだから、どのようにして言えばいいのか。
「次に好きだって言ってもらったら、その時にさりげなく私も好きだと伝えるか……」
タイミングからして、相手に期待している。
仕方ないと言うことにする。経験が無いのだから。さながら電子レジ導入に困惑する老人と同じだ。私だって世が世なら、既に老人としていいだろう。壮年とは四十歳くらいをいうらしいし。
「でもなぁ……」
景くんには未来がある。私にはあんまりない。年の差を露骨に痛感している。
私はあとは老いるのみだが、景くんはこれからもっと大人の男になっていくのだろう。その貴重な人生の一時を、果たして本当に私が奪っていいのだろうか?
いいよね? だって相思相愛だしね? 隣にいて欲しいって言われたしね?
私は前向きになろうと必死にポジティブシンキングをしている。人間性は今後磨くとして……一応、と、私は腕に装着しているバトルスーツを見た。今のところは、まだ私は世界最強である。それ以外の価値はないかもしれないが、その価値すらないよりはいいだろう。使えるものは使っていこう。
そう考えながら、私は自分の誕生日――というよりは、景くんが帰ってくる日を意識して、毎日内心でカウントダウンを始めた。時が経つのは早いと思っていたが、今回に限っては会えない時間が長い。アプリでやりとりしているが、『寂しい(顔文字)』みたいなやりとりが恥ずかしくてできなくて、スタンプを押すので精一杯だったりする。
あんまり頻繁に連絡したら迷惑かな、だとか。
毎日グルグル考えていたら、誕生日の前々日が訪れた。
「明日か明後日帰ってくるって話してたけど……今日の会議次第だったかなぁ」
別に誕生日に会わないと死んでしまう病を患っているわけではないので、仕事の無事を祈っている。自室でテレビを眺めながら、私はぼんやりしていた。
――ウォォォォォーンと特殊な警報音が鳴り響いたのは、その時のことだった。
ハッとしてバトルスーツを着用する。
レンジの頭部に触れてから、私は部屋を出て走った。途中で同じく走っている高崎博士と合流し、二人で司令官室に行くと、丁度真波総司令が立ち上がったところだった。遠藤さんの姿もある。
「大変だ。確認する限り、コードS0000000001――即ち初代の、最も最初に現れたシナゴと同規模……いいや、それを凌駕する大きさのシナゴが飛来する。初代同様、特務級危機判別名称が与えられるシナゴだ。世界が体験する、第二の危機にして、最大の危機となるかもしれない。通称・ヤマタ2ndだ」
なお、ヤマタ1stは、私が一番最初に倒したシナゴである。世界初のシナゴがそれだった。ヤマタノオロチから取ったらしい。サイズが大きいこともさることながら、地球落下前の時点あるいは事後に、特異な能力が観測されたモノに与えられる特別名称だ。
「サイズは東●ドームと同程度だ。そしてこのシナゴは――下手に破壊すると、分裂する」
「!」
それを聞いて、私は冷や汗をかいた。
東京●ームサイズは、一部を目視すればいいという意味では、戦いやすいが、全体の破裂像をイメージするという意味ではやりにくい。かつ、分裂するとなると、失敗したらどんどん数が増えていくと言うことだろう。
室内の視線が私に集中した。
「世界の命運は、君にかかっている」
「――全力で排除します」
私はレンジ頭で述べた。こうして、討伐へと向かう事となった。
瞬間転移で現地に行くと、丁度巨大なシナゴが空に静止したところだった。私は少し上へと移動し、全体にいくつもの眼球が就いているのを目視した。普通、シナゴの眼球は一つである。この眼球がおそらくは、人で言うところの脳のような器官のようだと言われていて、おそらく分裂するというのは、眼球が分離するとそれを基盤に体を再構成すると言うことなのでは無いかと、私は推論を立てた。
「少しテストします」
私は基地にそう告げて、試しに、眼球の無い部分の切り離しと、眼球のある部分の切り離しをした。するとやはり、眼球のある部分の方は分裂した。もう片方は海に落下した。
急いで分裂した方の眼球が破裂するイメージを考える。幸い、そこですぐに分裂した方は潰えた。眼球自体が新たに生じる事はなさそうなので、要するに全ての眼球を一斉に破壊すれば、このシナゴは倒せる。しかしサイズが東京ドー●だ。眼球の数を把握するには、それこそ日●野鳥の会などの協力が不可欠に思える規模だ。しかもこの眼球、大小様々で位置が動く。本当に眼球自体がシナゴの表面で生きているみたいに見える。
「――やります」
私は宣言した。
そこからは暴力オセロみたいな気分で、眼球を一つずつ潰す作業に従事した。これだけで三十二時間を優に超えた。どんどん体が熱くなっていく。一発で破壊できないが、慣れてくると、一撃で数個を射抜けるようになった。とにかく地道に眼球を潰していくと、最終的に巨大な三つの眼球が残った。その三つが、ぎろりと私を睨んだ。
「!」
シナゴと目が合うことはほとんど無い。だが、はっきりと見据えられた。え? っと、焦った時、表面に唇が出現した。呆気にとられていると、それがぱかりと開き、紫色の舌がでろりと覗く。そこにも眼球がついている。唖然としていると、口の奥に青白い光が生まれた。本能的に、あコレやばいと感じて、私はすれすれで避ける。すると私の後方にあった遠くの山が抉られるようにして吹き飛んだ。なんだ今のは、ビームか?
この2nd、私が知る限り、1stとはサイズは似ているが、比べものにならない強さである。滝のように汗をダラダラとかきつつ、私は傘型の武器の柄を握りしめた。
『すぐに退避しろ、下がれ!』
スーツからはそんな指示が聞こえてきたが、私は無視した。
ドクンドクンと心臓の音がうるさいし、耳鳴りが始まっていたが、私は意を決して、三つの眼球のそれぞれをにらみ返した。私が負ければ、即ちそれは、世界の終了だ。そうなれば、どうなる? みんな死んでしまうかもしれない。景くんも、まだ見ぬ遙くんも。私はそんな未来は望まない。
次のビームが放たれようとした直前で、私はバシンと傘を開いた。
瞬間、残っていた三つの眼球がはじけ飛び、少し遅れてシナゴの体全体が飛び散り、海に落ちていった。
「倒した……!」
やりきった感で私は笑顔を浮かべた。レンジ頭には表情はないから、スーツの下でだが。
すると――咳が出た。それにかの前にあるスーツの布が、なんだか湿って熱くなった。
右手で胸の位置に触れてみると、白い手袋が、紅く染まった。
そこで初めて、私は自分が吐血あるいは喀血したらしいと気がついた。
ゲホゲホと、続いて血を吐く。
私の視界が赤と緑の砂嵐に襲われて、明滅している。息をする度に変な音がして、胸が痛い。私の意識は、そこで暗転した。