お酒と恋愛を教えてくれたバーのマスターとの対話の話
お酒のことといえば、飲み会になると、緊張をほぐすあまり、がむしゃらに飲んでしまう人間であった(いまもそういうところがある)。そして、恋愛のことをいえば、女の子には緊張してしまい話せなくなって、デートに誘うのも躊躇う人間であった(いまもそういうところがる)。
そんな僕が、お酒と恋愛について向き合い方をかえて、いまの自分を形作ってくれたバーのマスターとの対話の話をします。
飲み会では、とにかく飲む人間だった。勤め先のノリが体育会系気味だったので、飲むとまわりも喜ぶし、じっさい酔ったほうが饒舌になった。そのため、自然とお酒の力を借りすぎて酔いつぶれるまで飲むことも多々あった。
会社の飲み会ならばまだいい。しかし、これがバーだとしたらマナー違反。出禁になってもおかしくない。
そんななかで、地元の埼玉に住んでいた30歳くらいの当時、父の紹介でよく通うバーがあった。バーと言っても、オーセンティックな雰囲気ではなく、アメリカンスタイルなカジュアルなバーだ。
当時のマスターは50代半ばくらい。少林寺拳法の有段者で屈強な体つきをしている。大型のバイクが趣味で、バーに通うのも、革ジャンを着て、大好きなハーレーに乗ってくるワイルドな人だ。まさにバーの雰囲気が人柄そのものだった。
そして、週末になると決まってそのバーに通うようになってマスターと話すようになった。
しかし僕は、バーなのにも関わらず会社のノリで酔いつぶれるまで飲んでいた。当時の僕は、酒の味には興味はなく、とりあえずでビールばかりを飲みまくっていた。いかにも酒の味よりも酔うことだけが目的の飲み方だ。要するに、いい年をして恥ずかしい飲み方をしていたのだ。
なのにもかかわらず、バーのマスターは、その僕をそのままで気にもせずに対応していた。
そんなある日、バーのマスターが、いつもの落ち着いた低い声で「お前はしゃべりすぎだ」と僕に言ってきた。そしてマスターは続けて言った。
「お前は最初はしゃべるな。まずは相手の話を聞いていればいい。だんだん雰囲気ができて、しゃべる機会ができる。そうしたらしゃべればいい。寡黙だと思っていたお前に対して、相手は驚いて、しゃべるお前を受け入れてくれる。」
それからというもの、僕は無理して自分からしゃべりだすのを控えるようにした。そうすると自然と話しかけてくる相手もいて、自分も気楽になっているのに気づけた。そうしてから話すようにすると自然と打ち解けることも増えた。だからこそ、無理してお酒を飲むようにもならなくなった。
そんな落ち着いて聞くスタイルになった頃にマスターは、僕に言った。「お前は飲みすぎだ。正直なところ、紹介してくれたお父さんのこともあるから多めに見ているだけ。飲み方を考えたほうがいい」。
とはいえ、すぐに良くなったわけではないけれど、飲みすぎるたびにマスターの言葉が僕の心をえぐった。そうして、徐々にだけど、飲みすぎるのを控えられるようになった。
いま思えば、無理してしゃべり始めるのをやめてお酒に頼りすぎないようになってから、お酒をたしなめてくれたからこそ、飲みすぎなくなったのかもしれない。
そして、飲んべえの町「北千住」に引っ越っこすことになった。地元のバーのように知っているお店があるわけでもなく、当てもなかったので、いろいろなお店で一人飲みをするようになった。すでにマナーを守って飲めるようになっていたので、お店ごとにいろいろな出会いや経験ができた。
そういう中で、酔う楽しみ以上に、味わう楽しみを感じて飲むようにもなった。いまでは、ニッカのフロムザバレルといウィスキーのソーダ割りがお気に入りだ。何も考えずにビールばかり飲んで酔いつぶれていた自分からは想像もつかないほどの変わりようだ。
マスターのおかげで、お酒に対してより奥深い世界を知ることができた。そして、マスターの教えがなかったら、北千住では出禁をくらいまくって、いまごろ酷いことなっていたと思うと、本当に恐ろしいことだと身震いをしてしまう。
こうやって、マスターは僕にお酒を教えてくれた。さらには恋愛についても教えてくれた。
この、「最初はしゃべらない作戦」(通称:ちょうちんあんこう作戦)はデートでも使っている。特に女性の場合、おしゃべりな人が多いし、自分は話さないようにして、タイミングがよくなったところで話すようにしている。
最初から無理してしゃべらなくていいんだという気持ちは、いつでも僕を落ち着かせてくれるお守りのようなものになっている(めちゃ緊張するけど)。
またこのマスターが恋愛に関しては百戦錬磨の方だったので、恋愛に臆病な自分の背中をよく押してくれた。
当時、好きだった女性と、デートはするけれど、どうしてもお付き合いができないので、バーに行くたびにマスターに相談をしていた。
女性だと、ちょっとした飲みの誘いとかも躊躇ってしまうのですが、マスターに相談すると「いまメールすればいいじゃん!」と言って背中を押され、その場でお誘いメールをしては相手からすぐオッケーをもらえて、自分の臆病さに呆れたりもしていた。
「お誕生日のときは、内緒で高級レストランを予約して、当日はビックリさせるんだぞ」とか、とにかく自分だけでは思いもつかないことをいろいろと教えてくれた。
おかげで、1年かけて3回目の告白でお付き合いができることになった。けっきょく、別れちゃったんだけど、この対話と経験のおかげで、少しだけ、女性を気軽に誘えるようなった(めっちゃ緊張するけど)。
以上が、毎週のようにマスターと対話をするなかで、あり方を育ませてもらえて、いまの自分を形作った話でした。
ところで
いまでも、地元に帰るとこのバーには必ず顔を出すようにしている。マスターには頭があがらない。ところが、Googleでこのバーを確認したところ「閉店」の文字が…
ショックだった。マスターにはまだお礼を言い足りていないし、「おしゃべりだ」とはじめて言われたときに「おしゃべりじゃないです!」って反抗したことも謝りたかった。
後悔、先に立たず。
そのことを知って久しぶりに地元に帰ってきたときのことだ。お店の跡地に立ち寄って、しみじみとした思いが沸き上がったのだった。
ありがとうマスター。跡地にでている看板を見るとなんとも哀愁が…
あれっ?看板が立ってるじゃん…お店やってるじゃん!
普通にお店が開いてました。中に入ってマスターに聞いたところ
「めんどくさいから閉店表記にしてる」
当面はマスターに謝らなくてよさそうです。
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