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幽霊とタイムマシン(ショート・ショート)

まずは僕が幽霊になってしまった理由から話そう。簡単な話で、僕が成仏出来なかったから。
なぜ成仏出来なかったかって? それは僕には殺してやりたいほど怨んでいる人が何人もいたからさ。僕はそいつらを殺してやりたかった。でも、それができなかった。だから僕は、自分を殺したわけだよ。自殺。
そしたら幽霊になったってことなんだ。

幽霊になれば人を呪い殺せるのだから、怨んでいる奴らを呪い殺してやれば良かったんだけど、僕はそれさえもためらってしまった。今じゃそいつらみんな死んじまったから、呪い殺そうと思っても出来やしない。だから僕は、永遠に成仏できずに幽霊でいなきゃいけなくなっちまったと思ったよ。

ところが、僕が幽霊になってちょうど千年経ったとき、人間はタイムマシンというものを発明した。値段は一兆円と誰もが手に入れるってわけにはいかないシロモノだったけど、世界の大金持ち四人が買ったそうだ。
でも、僕は幽霊だから買う必要なんてない。販売会社に忍び込んで、僕はタイムマシンで過去へ行った。
何しに行ったかって? もちろん怨んでいる奴らが生きている時代に戻って、あいつらを、僕をいじめて自殺に追いやった高校時代のクラスメイトたちを呪い殺してやるためさ。
僕は自殺する一年前に戻ったんだ。

あの頃の僕は、中学校時代のいじめを乗り越えて、わざわざ誰も行かないだろうと思うような高校を選んで入学した。新しい人生の始まり。過去はすべて捨てて、青春の日々を楽しく送るつもりだった。

しかし、高校のいじめは中学のときを上回るほど酷かった。一年目はなんとか目立たないように過ごしていたが、二年生になって、僕はやはりいじめの対象に選ばれてしまった。いじめに選ばれる人には特徴があるみたいで、僕はその特徴を持っていたってわけさ。
つまりは平和主義で、相手の言うことをすぐに聞いてしまうところだとか、基本的におとなしい性格で無抵抗だったところ。肌が白すぎて女の子と間違えられるほど顔がきれいだったところなんかも、いじめられた理由かもしれない。
しかし、心の中ではいつもあいつらを殺してやろうと考えていた。包丁をカバンに入れて学校へ行ったときもあった。それでも平和主義の僕に人は殺せなかった。
そして僕は、二年生の冬休みに自殺した。

僕は気の弱い自分を鼓舞するために、昔の自分がいじめられているところを、しっかりと見つめていた。それは辛くて悲しいことで、自然と涙が溢れてきた。
奴らは自分が自殺した後も、また別のクラスメイトをいじめていた。よし、こんな奴らなら呪い殺されて当たり前だと思えるようになってから、僕は自分をいじめた奴らを呪い殺していった。

気がつくと僕は高校の教室にいた。恐る恐る教室を見回すと、僕をいじめていた奴らはどこにもいなかった。僕は隣の席の子(確か斉藤さんって子)に、僕をいじめていた高橋や小島、後藤たちはどうしたのか聞いてみた。
「そんな名前の子はここにはいないよ」
斉藤君が答えた。
なんと呪い殺すと、その相手はこの世に存在しないことになるらしい。そうなると僕はいじめられていないことになり、よって僕は自殺しないことになるから、僕は高校時代に戻れたようだ。
僕は残りの高校生活を楽しく過ごすことができた。

無事に大学に入学し、僕はファミリーレストランでアルバイトを始めた。
しかし、アルバイト先の店長からまたいじめられるようになってしまった。確かに僕はどん臭いし、要領も悪いけれど、仕事は初めてだし、接客の際、どうしても人見知りの性格が出てしまい、挨拶もうまくできない。でも初めての仕事なのだから、僕のような人間にもしっかりした指導をするのは店長の仕事のはずだ。
そんな僕の考えを店長に言える勇気もないまま、僕は追い詰められていった。そんな職場なら辞めてしまえばいいと言うかもしれないが、僕にはそこまで考える余裕がなかった。
そして僕は店長を怨みながら、再び自殺した。
僕は幽霊になった。どうやらまた成仏できなかったらしい。

僕は千年待った。そしてタイムマシンが販売された。今回は三人の大金持ちがタイムマシンを買ったようだが、僕にはそんなの関係ない。
僕は早速、タイムマシンに乗り、大学生時代に戻った。
僕は店長にいじめられている自分を冷静に見ることができた。やはり二回目だから、こういうことにも慣れというものがあるらしい。
僕は店長を憎み、呪い殺してやった。

気がつくと僕はファミリーレストランで働いていた。先輩の人が丁寧に仕事を教えてくれた。僕は結局、大学時代の四年間、ファミリーレストランでバイトとして働いた。後半は新人アルバイトを指導できるようにもなっていた。

長い就職活動の末、僕は住宅販売会社に営業として働くことが決まった。選り好みできるわけではなかったので、自分には向いていないと思う営業しか見つからなかった。
そして当然のように、僕は成績も挙がらず、上長や先輩、同期の仲間からいじめられることになった。
こうなってしまったからには、もう自殺するしかない。僕はすでに自殺に対して耐性を持っていた。
僕は三たび幽霊になった。千年待つのは長かったが、タイムマシンさえ出来れば、僕はまた復活できるのだ。

そしてタイムマシンが発明され、販売された。僕は就職一日目を戻る日と決め、タイムマシンに乗った。
僕をいじめる奴らを見ていると、心の底から嫌悪感が湧き上がる。僕は自分をいじめた奴ら全員を呪い殺した。

僕は住宅販売会社に復活した。上長は営業には向き不向きなどない、その人の性格に合ったお客様は必ずいるから、と僕を励ましてくれた。先輩も僕を営業の場に同行させてくれ、営業のノウハウを惜しげもなく教えてくれた。

僕も家を一棟販売することができた。そのときの喜びといったら、今までに経験のない、人生で一番のビッグな出来事だった。
それからは、トップセールスマンとは言えないけれど、それなりの成績を挙げることが出来た。

二十七歳になって、僕は一人の女性に恋をした。その女性には彼氏がいたが、僕は夢中になって彼女を口説いた。僕の猛アタックは功を奏し、彼女は彼氏を振って、僕に乗り換えた。
後から聞いた話だと、その元カレは失恋のショックで自殺したらしい。しかし、自殺慣れした僕は、何の感傷も抱かなかった。

僕たちの交際は順調に進み、彼女の誕生日に僕はプロポーズした。もちろん彼女は僕を受け入れてくれた。
僕は幸せの絶頂期を迎えていた。しかもこの絶頂期は寿命が尽きるまで、ずっと続くのだ。なぜなら、何か不幸に見舞われたら、自殺して幽霊になれば、タイムマシンを使って不幸の元を断つことが、僕にはできるのだから。

しかし、幸せは続かなかった。
ある日僕は、原因不明の高熱に襲われた。病院に入院して、いろいろな検査をしたが、原因は医者にもわからなかった。熱は毎日一度ずつ上がり、とうとう四十五度まで上がった。
頭が朦朧とする中、僕は死を覚悟した。医者は原因がわからなかったが、僕には高熱の原因がわかっていたから。

なんで医者がわからないのに、素人の僕に原因がわかったかって? それは僕には他人と違った経験を積んでいたからだ。
自殺した元カレが幽霊になったのだ。そしてタイムマシンに乗って、この時代にやってきたのだ。僕は元カレに呪い殺されようとしているのだ。

今度ばかりは生き返ることができないだろう。なぜなら、僕には元カレのことを怨む権利などないのだから。
僕はきっと成仏するだろう。僕は天国にいけるのか。それだけが今不安だった。

ただひとつ願いがあるとするならば、元カレと僕のフィアンセだった女性が、結婚して幸せになってほしい。

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