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サザンウィンド(短編小説)−5


この苦しみから逃れるためには、直接サウスに聞くしかない。僕は勇気を振り絞ってサウスに話しかけた。
「ヤス君から話を聞いたよ」
サウスが悲しそうな顔で僕を見た。それですべてが真実だと悟った。
「ヤス君と寝たって本当?」
それでも僕は万にひとつの可能性に賭けていた。
「ウソだよね」
「本当よ」
僕はあっさり賭けに負けた。
貧血で倒れるかと思った。いや、いっそ貧血で倒れてしまいたかった。
「軽蔑するよね」
サウスが言った。
「僕のためにアイツに抱かれたんでしょ?」
僕はサウスの目を見て言った。
「でも、なんで僕に相談してくれなかったの? 確かに僕は頼りない軟弱男だと思う。でも僕は愛する人を守らないで逃げるような男ではないと思ってる。僕のためにヤス君と寝るなんて言ったら、僕は絶対に反対していたよ」
「反対されるのはわかってた。だから黙ってた」
「僕のことを思って、アイツに抱かれたんだから、僕はサウスにお礼を言わなきゃいけないのはわかってる。だけど、僕は今、素直にサウスにお礼を言えない」
「私のことがキライになった?」
「キライになんてなれるわけがないじゃないか。ただ、これからどうやって二人の関係を続けていけばいいのかがわからないだけだよ」
「ごめんね」
「謝らなきゃいけないのは僕のほうだよ。サウスにイヤな思いをさせてしまったんだから。僕はどうやってサウスにその恩返しをすればいいんだろう?」「恩返しなんていらない。だってマーシャルが好きだから、私が勝手にしたことなんだから」
「ひとつだけ聞いていい?」
「なに?」
「CDを盗んだ後も、ヤス君と寝たの?」
「寝てないよ。部屋に行ったことはあるけど。だって、盗んでからすぐに行かなくなったら、自分が犯人だって教えているようなものじゃない?」
「それはそうだね。信じるよ。信じてもいいよね」「うん」
「わかった。ありがとう。僕はこれからもサウスと付き合っていきたいと思ってる。サウスはどう?」「私もマーシャルを愛してるから、マーシャルと別れたくないよ」
僕たちはキスして、それぞれの家に帰った。こんなに甘くないキスは生まれて初めてだった。

それからはサウスとデートしても、どこかぎこちない感じがした。
サウスと話していても、前ほど無邪気になれなかった。それが僕のせいなのか、それともサウスが僕にそんな風にさせているのかはわからなかった。
『南風』の写真は増えていったものの、写真の二人の笑顔はどこか昔とは違って見えた。僕の笑顔はどこかひきつっていて、サウスの明るい太陽のような笑顔にも、どこか陰りがあるように思えた。僕たちの仲はこのまま終わってしまうのかもしれない。そんなことを思っては否定する毎日が続いた。

サウスとのデートの回数が少しずつ減っていった。サウスと会うのがつらかった。当然、『南風』の写真も増えなくなった。学校から帰って、たまに『南風』のファイルを開けて、昔の写真をのぞいた。ディズニーランドに行ったときの写真たち、お台場の夜景をバックに撮った写真たち、デートの都度撮ったたくさんの写真たち。そこに映る屈託のない笑顔の二人はとても幸せそうに見えた。昔に戻って、素直に笑顔を交わしたかった。あの頃にはもう戻れないのか。気がつくと涙に頬が濡れていた。


冬休みに入って、サウスから手紙が届いた。

***********************マーシャルへ

こんなお手紙を書くことになるなんて、思ってもいませんでした。直接話せば良かったのかもしれませんが、マーシャルを前にしたら何から話していいのかわからなくなりそうだったので、手紙にしました。

私がマーシャルのことを初めて知ったのは、中学二年生のときでした。いいえ、顔くらいならば一年生のときから知っていたはずです。マーシャルを初めて意識したのが中学二年生のときと言い直したほうがいいでしょう。まわりの友だちから、「また隣のクラスのマーシャルがミナミのこと見てるよ」と冷やかされるようになったのがきっかけです。実はマーシャルというニックネームはクラスで仲の良かったアンリが付けたものでした。あなたは知らなかったかもしれませんが、私のクラスではマーシャルは有名人だったのです。

こんなことを書くとマーシャルは怒るかもしれませんが、マーシャルの第一印象は可愛らしい男の子だなって感じでした。でも、まわりからいろいろ言われているうちに、マーシャルを異性として意識するようになりました。テニス部で一緒だったマーシャルと同じクラスのサクラから、マーシャルが私と同じ高校に入るために一生懸命勉強しているって聞いたときは、すごくうれしかったです。

それなのにマーシャルはなかなか告白してくれませんでした。まわりの子たちも、「マーシャルは何をしてるの? まったく情けない」などと非難したこともありました。

マーシャルはマジメだし、恥ずかしがり屋だったから、なかなか私に告白できなかったのでしょうが、私にはそういうところもマーシャルの魅力に思えました。だから、中学校生活が終わりに近づいた三年生のバレンタインデーに、私はマーシャルに自ら気持ちを伝えようと思い、チョコレートを渡しました。マーシャルは顔を真っ赤にして恥ずかしがっていましたね。そんなマーシャルがとても可愛く見えました。

受験発表の日、マーシャルがお母さんと来ていることには、気づいていました。
マーシャルのお母さんの喜びようを見て、マーシャルが合格したのはすぐにわかりました。マーシャルも泣きそうな顔をしていましたね。自分の合格はもちろんうれしかったけど、マーシャルが合格したのも同じくらいうれしかった。後はマーシャルが私に告白してくれるのを待つだけでした。

ホワイトデーの日、マーシャルが私にプレゼントを渡そうとしていたのは知っていました。でも、あの日はどういうわけか私は自分が一人になる場面を作ることができませんでした。ごめんなさい。次の日、マーシャルのしょげかえった顔を見るのは、私もつらかったです。

それでも卒業式の日、とうとうマーシャルは私に告白してくれましたね。前に倒れてしまいそうなくらい頭を下げてお辞儀するものだから、思わず笑ってしまいました。でも、すごくうれしかったです。マーシャルにとって私が初めての彼女だと言ってましたが、私にとってもマーシャルが生まれて初めての彼氏でした。

高校生になって、マーシャルと付き合い始めたときは、毎日が「青春してる!」って感じでした。マーシャルは恥ずかしがり屋だから、デートのときも黙ってしまうことがあって、最初の頃はどうしようかと困惑してしまうこともありました。でも、そのうちにただ二人でいるだけでいいと思えるようになりました。二人でいるだけで幸せだったから。

お台場のデートのとき、マーシャルはいつもと雰囲気が違いました。ロケーションからしてオシャレな、いつもとはまったく違った雰囲気だったから、マーシャルが私にキスしたいのはすぐにわかりました。でも、マーシャルは恥ずかしがり屋だから、ちゃんとキスしてくれるか心配でした。フレンチレストランで、ナイフとフォークの使い方がわからずにとまどってしまいましたね。それが後を引いたのか、マーシャルはそれから無口になってしまいました。だから、突然強引に私の両肩をつかんだときはびっくりしてしまいました。マーシャルがあんまりにも緊張しているものだから、つい「キスするときは目をつむるものよ」なんて偉そうなこと言ってしまったけど、やっぱり私も緊張していたんだと思います。マーシャルのプライドを傷つけてしまって、ごめんなさい。でも、マーシャルが目を閉じたとき、マーシャルって本当にかわいいなと思いました。マーシャルがとてもいとおしく感じました。マーシャルの唇はとっても温かくて柔かくて、心地よかったです。男女がキスする理由がわかった気がしました。

初めてセックスした日のことは今でもはっきりと覚えています。あの日はマーシャルの誕生日だったから、もしかしたら今日マーシャルと結ばれるのかなと思っていました。映画館で何度も私のことを見ていましたね。顔が緊張しているのがわかりました。たぶん映画の内容なんて頭の中に入っていかなかったのでしょうね。実は私もどんな映画を観たのか、あまり覚えていません。

お互いに初めてだったから、それにマーシャルがあまりにも緊張していたから、どうなるかしらと思っていましたが、うまく結ばれることができて、ホッとしました。マーシャルがすごく男らしく見えました。きっと二人は相性が良いのだろうと思いました。

その後も二人で何度もセックスしたけれど、二人の相性は本当に良かったんだとわかりました。マーシャルに抱きしめられているとき、私は自分のすべてをマーシャルに任せられることに、幸せを感じていました。将来、マーシャルと結婚することになるのだろうなって思うようになりました。

それなのに、あんなことが起きてしまいました。
ヤス君っていう同級生の使い走りをさせられているのを見ました。マーシャルは隠そうとしていましたが、体中にアザがあるのも見ました。それもヤス君のせいなのだろうと思いました。マーシャルがなんであんなヤツの言いなりにならなければいけないのか、わかりませんでした。だから、マーシャルは会うなと言っていましたが、私はヤス君に会おうと決めました。

ヤス君から私たちの初体験を隠し撮りしていたと聞きました。マーシャルはそのCDをばらまくと脅されて、ヤス君の言いなりになっていたのですね。マーシャルが私のことを守ってくれていたことを初めて知りました。ヤス君は私にも言うことを聞かないと、クラス中にCDをばらまくと脅しました。私はヤス君の顔を平手打ちして、「ばらまくなら勝手にどうぞ」と言って、家に帰りました。

家に着いて、冷静に考えてみました。もし、ヤス君がCDをばらまいてしまったら、マーシャルの今までの努力がまったくのムダになってしまいます。それだけは止めないといけないと思いました。マーシャルが体を張って私のことを守ってくれたのだから、今度は私が体を張ってマーシャルを守らなければいけない。ヤス君は私とのセックスを要求していました。それならばヤス君の部屋でセックスして、スキがあればCDを取り返してしまえばいい。私はそう決心しました。

次の日、ヤス君に私の決心を話しました。ヤス君は喜んで私を部屋に連れていきました。私たち二人の神聖な場所をけがしてしまうことに気がつきましたが、もう引き返すことはできませんでした。ヤス君は私とのセックスも撮りました。どうせ後で取り返すのだからかまわないと思いました。コトが終わって服を着ていたら、
「あんなヤツなんかと付き合っていないで、オレと付き合えよ」
と言われました。
その日はCDを探すことができなかったので、
「考えておく」
と言って、帰りました。
もう少し親しいフリをしたほうが、CDを盗むチャンスが増えると思ったからです。
それから5回ヤス君とセックスしました。

最後のセックスをした日、ヤス君は私の
「飲み物を買ってきて」
というお願いを聞いて、コンビニに出かけました。そのすきに私はヤス君の部屋を調べました。ビデオは押入れに入っていました。CDは10枚以上あって、それぞれに女性の名前が書いてありました。そのとき、被害者が他にもたくさんいることがわかりました。私の名前もそこにありました。マーシャルと私の名前が書いてあるCDもありました。私はみんなの分のCDも盗むことにしました。

私は学校を休んで、ヤス君のアパートへ行きました。ヤス君はマーシャルから私を奪ったとカン違いしていて、私は部屋の合カギをもらっていました。針金でドアのカギを開けられるって言ったのはウソでした。ごめんなさい。私は持ってきた紙袋にすべてのCDを入れました。CDだけ盗んだのでは疑われるかと思い、部屋を荒らしました。タンスの中にお金を見つけたので、マーシャルがヤス君に使わされた分を取り戻そうと思いました。マーシャルがヤス君のためにいくらお金を使ったかわからなかったから、あったお金をそのまま持ってきました。もし多かったにしても、それはマーシャルと私への慰謝料だと思ったからです。

それから2回ヤス君の部屋に行きましたが、前にも言ったとおりセックスは絶対にしていません。生理だとか、体調が悪いとか言ってごまかしたのです。それ以降、ヤス君の部屋には行っていません。

もちろん私だってヤス君なんかと寝たくありませんでした。でも、マーシャルのためにもヤス君と寝ることが、私たちにとって一番の解決策に思えたのです。今から思えば、それがマーシャルを傷つけてしまい、二人の関係をギクシャクしたものにしてしまったのですが、あのときはそう思ってしまったのです。マーシャルが私のことを軽蔑してしまったのならば、それは仕方ないことです。ただ、これだけは信じてください。すべてはマーシャルのためにしたことだったということを。マーシャルを愛していなければ、誰が好きでもない男とセックスするでしょうか。

このまま中途半端な気持ちで付き合っていても、お互いに傷つくだけなのはわかっています。マーシャルが今回の私の行動にわだかまりをもっている以上、将来結婚してもうまくいくとは思えません。だから、私はマーシャルと別れる決心をしました。

マーシャルを責めているような文章になってしまいましたね。ごめんなさい。もともとは私が原因だったのに。

この決断が正しいものなのか、実際のところ私にはわかりません。でも、今の私はこれが正しい判断だと思っています。

長くなりましたが、私の気持ちを正直に書きました。さようなら。今までありがとう。
***********************
                   <続く>

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