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時間を測る男の物語

私はある会社で、経理を担当しています。もう25年間この仕事一筋でやってきました。

今の若い人たちには信じられないでしょうが、私の若い頃は帳簿はすべて手書きでした。伝票を手で書き、一日の締めが終わると、それを元帳に書き写していきます。科目ごとの合計の計算はすべて算盤で、計算結果をまたもや手書きします。最後に試算表を作成して、やっと一日の業務が終了するのです。もちろん、計算間違いがないか、もう一人の担当者に検算してもらっていました。

それがコンピューターというものができて一新しました。キーボードで伝票を入力すれば、仕訳帳から総勘定元帳、試算表まで、自動で作成してくれるのです。今までの仕事はなんだったんだろう? そう思うと愕然としました。

たぶん仕事量は十分の一は減ったでしょう。さぞかし仕事は楽になったでしょうって? それが不思議なのです。

昔は週休一日で、9時から5時まで働きました。昼休みは一時間ありましたので、一日の労働時間は7時間です。それが6日間ですから、1週間の労働時間は42時間でした。残業は決算時以外はほとんどありませんでした。仕事量が十分の一になったのだから、仕事は週に一日働けば終わってしまうはずです。

けれど結果は、週休二日制にはなりましたが、一日の労働時間が8時間になりました。1週間で40時間になります。

なんと2時間しか減っていないのです。
そのうえ毎日残業になりました。一日平均すれば1時間以上の残業があります。週で5時間の残業です。つまり、労働時間は昔より増えていたのです。

これは一体どういうわけでしょうか? 確かに私も歳を取ったので、パソコンに慣れるまで時間がかかりましたし、仕事のスピードも昔と同じというわけにもいきません。しかし、私だけではないのです。まわりの若い人たちも同様なのです。

これはもう、時間の長さが変わってしまったとしか考えられません。もしかして地球の自転のスピードが変わったのかもしれません。それとも重量や引力が変わったのか。あるいは時間に歪みが発生して、時間にも影響が出たのか? 時計の針の回転数が早くなったのかも? もしそうならば何やら権利者の横暴も考えられます。

でも、もし時間の長さが変わったのなら、もっと日本中で大騒ぎになっているでしょう。日本人はおとなしいから、気づいていても何も言わないのでしょうか?

私は時間を測ってみようと思いました。しかし、時計で測るのでは意味がありません。時計自身が早くなっているかもしれないのですから。それならば、原始的な方法ですが、1、2、3、4と口で数えるしかありません。数えるテンポも同じにしなければいけません。

仕事があるので、毎日測るわけにはいきません。私は毎週日曜日に測ることにしました。

でも、いくら休みとはいえ、一日中時間を測っているわけにもいきません。食事もしなければいけないし、睡眠も必要です。トイレだって行かなければなりません。

そこで私は、一日のうち、朝9時から昼の3時まての6時間を測ることにしました。それだけ測れば誤差も少なくなるでしょう。

まずは朝食とトイレを済ませます。昼食は抜きになりますから、朝食は普段より多めに食べます。
そして、時計が9時を指した時点から1、2、3、4と数え始めます。数を間違えないように10秒ごとにメモ帳に線を引き、正の字を書いていきます。時計が3時になった時点で終了です。

6時間といえば秒数にして21600秒です。正の字で432個になります。なかなか根気のいる作業です。

記念すべき第1回目の結果は、正の字408個にTの字ひとつ分、カウントは20420。1180秒だけ時間が短くなっていました。でも、まだテンポを均一にできている自信もなかったし、1回で結論を出すのも問題です。

第2回目の結果はカウント19663。正の字で約393個です。前回よりもさらに早くなっています。しかし、これでは時間が早くなりすぎです。1週間でこれだけ早くなれば、誰かしら気づいている人もいるでしょう。たぶん、まだまだ数え方が一定していないに違いないと思いました。まずは一定のテンポでリズミカルにカウントするよう心がけなければなりません。1秒1カウントが理想でしょう。

3回目と4回目は、逆に時間が増えてしまいました。6時間のあいだ、一定のリズムを刻むのは相当難しいのです。10回目までを練習期間としてリズムを体に覚えさせ、11回目から正式に記録を取ることにしました。

11回目がカウント21334、12回目が21589、13回目が22007、14回目が21551、15回目が・・・。

こんなことを私はもう2年以上続けてきました。でも、カウントは増えたり減ったりの繰り返しです。そこに法則性などは見つかりませんでした。もうあきらめようと思ったことも数知れずありました。それでも、せっかくやってきたのだから、ここでやめてしまうのも、もったいないような気がしてやめられませんでした。

私ももうすぐ定年を迎えます。そうすれば日曜日だけでなく、毎日時間を測ることができます。しかし一方で、定年後の自由な時間をこの実験に費やすのも、なんだか気か進みません。そんなことをしていては、定年後の夢だった畑仕事ができなくなってしまいます。私はいったいどうしたらいいでしょうか? 時間は本当に早くなったのでしか? 誰か教えてください。



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