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見知らぬ公園の殺人 第3章
坂田が事件の情報を集める方法はテレビのニュースと新聞くらいしかない。しかし、日本では毎日のように殺人事件のニュースが流れ、沼津市の事件はすぐにテレビから消えた。それは新聞も一緒だった。図書館で全国紙すべてに目を通したが、事件の3日後には沼津での殺人事件に関する記事は姿を消していた。
こうなったら、静岡県沼津市に行くしかない。事件現場の公園はネットで調べて、場所もわかっていた。しかし、部外者の自分が調べようとしても限界がある。私立探偵が事件の関係者から詳しい話を聞くことができるのも、やはりノンフィクションの中での話なのだ。自分には警察のような強制的な捜査力もないし、警察に知り合いもいない。一介の素人小説家が独自調査するにはハードルが高すぎる。赤のの他人が殺人事件に深く関わり、それを名探偵の如く推理して、事件解決に導くことなどあり得ない。改めて思うが、ノンフィクションというのは、なんとも都合よくできているものだ。
とにかく事件現場の公園だけでも見にいこう。そう決めて、土曜日の朝早く電車で静岡県沼津市を目指した。沼津駅で降り、レンタカーを借りた。
30分ほどで事件現場である公園に着いた。車で公園の周囲を一周してみる。すでに捜査は終わっているようで、見張りの警察官もいない。入口近くに車を停め、公園に入る。
公園の真ん中に水遊び用の浅い池があり、やや離れた場所に幼児用のブランコとすべり台がある。その奥に公衆トイレもあった。事件があってまだ1週間ほどしか経っていないせいか、公園には子どもの姿はまったくなかった。やはり太陽の光のせいか、ここで殺人事件が起きたと思わせるものは何ひとつない。あの夜の公園とも雰囲気がまったく違う。
常識から考えても、この公園で起きた殺人事件と、自分が経験した千葉市の公園の事件は別物に思えた。しかし、沼津と千葉で同じ日のほぼ同じ時間に、同じような公園で、同じような幽霊の格好をしている若い女性が刺される事件が起こるとも考えられなかった。
暗くなってからもう一度来てみよう。やはりあのときと同じ条件でこの公園を見ないと、判断が下せない。
沼津駅前に戻り、獲れたての魚を売りにしている店で海鮮丼を食べた。食後に駅前をブラブラと散歩した。せっかく沼津まで来たのだから、沼津を舞台にした小説のネタ集めでもして時間をつぶそう。
真夜中まで待つつもりはなかった。この季節ならば夕方7時にはもう日も暮れて、真っ暗になる。もともと日帰りの計画だった。
予定どおり7時に、再び公園に車を停めた。公園の中はやはり昼間とは違って見えた。いかにも幽霊が出てきてもおかしくない雰囲気がある。ただ、自分が事件を起こした公園と同じ公園かは、はっきりとわからなかった。パッと見は同じようだが、どこか違和感がある。そんなことを考えていたとき、後ろから声をかけられた。驚いて振り向くと、制服を来た警察官だった。
「こんな時間に一人で何をしているんですか?」
警察官が不審げに広海の顔に懐中電灯の灯りを向けた。
「あっ、いや、ここで殺人事件が起きたと聞いたので、見にきただけです」
その答えにさらに疑いを持ったのか、警察官は職務質問を始めた。
「あなたの名前と住所を教えて下さい」
「名前は坂田広海です。住所は千葉県千葉市○○区○○町2丁目3の8です。桂木マンション105号室になります」
「千葉からわざわざ沼津の殺人現場を見にきたって言うんですか?」
「えっ、まあ」
「被害者は東京に住んでいましたが、被害者とは面識はありましたか?」
「いいえ、まったく知りません」
「それなのに、わざわざ沼津まで来たんですね?」
広海は正直にすべて話そうと思ったが、本当の話をしたら、話がよけいにややこしくなるのは明白だった。そこで一部だけ正直に話すことにした。
「実は小説家を目指してまして、ミステリー小説を何作か出版社に送ったりもしています」
警察官はメモに向けた顔を上げ、広海に視線を向けた。
「まだ、本にはなっていませんが、いつか出版したいと思っています。今回の事件のニュースをテレビで見て、非常に興味を持ちまして。東京都内に住んでいる若い女性が沼津で殺されて、そのうえ幽霊の格好までしていたと聞いて、ぜひ小説のネタにならないかなと思って、ここまで来ました」
「事件のあった9月27日の夜はどこにいましたか?」
「はい、その日は残業で、11時まで会社にいました」
「よく覚えてますね?」
「あ、いや、最近は毎日そんな生活をしていますから。次の日は昼前に目が覚めて、テレビのニュースで事件を知りました」
「なるほど。それを証明できる人はいますか?」
「会社の同僚なら証明してくれると思います」
「わかりました。会社の名前と住所、それに同僚の名前を教えて下さい」
「未来広告株式会社です。名刺をお渡しします。同僚の名前は、岡田克彦、山口真奈美、渡辺麻里」
警察官は名前の漢字を聞きながら、手帳に名前を書いた。
「あなたが小説を書いているということを証明できますか?」
「あっ、それならこのメモはどうでしょうか? 小説のネタになりそうなことを思いついたら、すぐに書けるよう、肌身離さず持っています」
警察官はメモに目を通して、再び広海の顔を見た。
「ウソをついているわけではなさそうですね。一応、連絡先の電話番号も教えてもらいます」
広海は携帯電話の番号を警察官に告げた。
「最後に一言だけ言っておきますが、素人の方には事件に首を突っ込んでもらいたくないんです。それに危険ですから。相手はなんと言っても殺人犯ですから。もう事件について調べようなんて思わず、警察の邪魔はしないでください」
警察官は広海が車で立ち去るまで、公園の入口に立っていた。
<続く>