見返り美人(超短編小説)
目が覚めると、そこは病院だった。
そうだ、俺は昨夜腹が捩れるように痛くなり、救急車を呼んだのだ。その後のことはほとんど覚えていない。痛みを堪えることしか考えられなかった。医者によると、昨日のうちに全身麻酔が射たれ、緊急手術が行われたらしい。
そして次の日、もう午後遅く、日も西に傾きかけていた。ドアにノックがあり、看護師が入ってきた。美人看護師だった。名札には桧原紗雪と書かれていた。
「具合はどうですか?」
麻酔が覚めきっていないのか、舌がうまく回らず話せなかった。
看護師が水差しで水を飲ませてくれた。
「なんだか体中がだるい気がします」
ようやっと話すことができた。
「体温を計ったら点滴を補充しますね」
看護師はテキパキ行動した。
「後で先生に痛み止めの注射をしてもらいましょうね」
看護師が部屋のドアを開けてから振り向いた。そのときの優しい物腰、白い歯がきれいに見える口許、大きな瞳を三日月にして微笑むその表情はまるで女神様のようだった。
俺は看護師に「見返り美人」というあだ名をつけた。
桧原は食事の手伝いからシモの世話まですべてこなしていた。
毎日会社から来る秘書や重役たちに仕事を指示しながらも、そんな連中が帰ってしまうと、ナースコールを押して、「見返り美人」こと桧原を呼び、生い立ちや学歴、恋人がいるのかなど質問を投げかけた。桧原は嫌な顔ひとつせずに俺の質問に丁寧に答えた。そこで俺も今までの人生(成功物語)を自慢げに話した。
退院の日、俺は桧原紗雪と二人だけになる機会を作り、看護師を辞めて俺の秘書にならないかと口説いた。
看護師は「こんなにまで尽くしてあげたのに、その結果が秘書なわけ?」と言って、病室のドアを開けた。そしてドアが閉まる寸前に振り向いて、「私はあなたの奥さんにしてもらうつもりよ」とあの美しい笑顔で言った。
桧原紗雪は「見返り美人」は「見返り美人」でも、見返りを求める美人だった。